MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

世の中、二世ばやりである。
政治家もタレントも二世さんが多いのなんの。
そうなると、ちょいと困ったこともあったりしての今回、


『いよっ! 若だんな!』


新潟の、ある菓子メーカーのイベントに招かれた。
新幹線の改札を出ると、若い社員が迎えてくれた。
「わぁ〜、うれしいなぁ。
 前から目の前で見てみたかったんすよ〜」
ずいぶん親しみやすいというか、子供っぽいというか。
駐車場に着き、
「今、車をこっちに廻しま〜す」
やってきたのは、かなりの高級外車であった。
「今日は、ナポレオンズさんのために、
 特別に社長の車を借りてきたんすよぉ」
この若い社員は
本当に我々の訪問を歓迎してくれているらしい。
「ところで、お腹すいてないですかぁ。
 近くに美味いうどん屋さんがあるんですよぉ」
お腹は確かにすいているのだが、
出番までそれほど時間に余裕はないはずだ。
「あれこれ準備もあるんで、真っすぐ会社に行って下さい」
彼はとても残念そうに、
「そうかぁ、準備って、するんですかぁ」
お気楽に思われている我らの芸ではあるが、
マジックゆえに事前の仕込みは意外と多くて大変なのだ。
「うどん屋さんは、僕の友達の店なんですよぉ。
 紹介したかったなぁ」
おいおい、我々は仕事に来たのだよ。
君の友達に会いに来たんじゃないのだよ。
車は会社の玄関を抜け、
広場を廻って大きな建物に到着した。
案内された応接室でお茶をいただいていると、
彼が色紙を持って現れた。
「僕の分と、友達に頼まれたのを3枚、お願いします」
どうやら、この若い男性社員が
我々の世話を一手に任されているらしい。
「貴方が僕らの担当なんですね。
 若く見えるけど、この会社に入って何年目?」
「まだ1年も経ってないっすよ、新入社員。
 でも、ナポレオンズさんを呼ぼうって
 社長に提案したのは、僕っす!」
このずいぶんお気楽な新入社員の提案を、
すんなり受け入れた社長さんも偉いというか
懐が深いというか。
応接室のドアが開き、恰幅のいい紳士が入ってきた。
「いやぁ、この度は遠路はるばる、ご苦労様でございます。
 私が社長でございます。
 このうちの社員が今日一日、
 ナポレオンズさん担当でございます。
 こいつが、どうしてもナポレオンさんを
 今日の余興に呼べって言うもんですから、
 はぁ〜はっは!
 実は、こいつは私のせがれ、息子なんですわぁ」
私は意外な展開に驚きつつも、
この大きな会社の行く末を案じ始めていた。

ずいぶん以前のことになるが、
ある演芸番組の収録があった。
楽屋で待機していると、
以前にも会ったことのある男性がやってきた。
「今日よろしくお願いします。
 あのぅ、ナポレオンズさんは、
 今日は前座でお願いします」
前座? 前座ってことは、ないはずだが。
いぶかっている我々に向かって彼は続けた。
「あのぅ、◯◯さんという落語家さんも
 一緒に出るんすけど、僕はその人を知らないんですよ」
◯◯師匠を知らない演芸番組の担当者というのも、
実に珍しい。
我々に前座をやれっていうのも奇妙だし、
ひょっとして演芸のことには詳しくない人なのだろうか。
彼はすたすたと、談笑している出演者の集団に近づいて、
「すいませ〜ん、◯◯師匠はいますかぁ?
 どの方ですかぁ?」
一瞬、その場の空気が凍り付いたが、
「はいはい、あたしが◯◯師匠ですよぉ、
 ずっと以前から、
 そしてこれからもずぅ〜っと◯◯です、あはははは」
◯◯師匠の返しに、一同大笑いとなった。
後に、この演芸のことは苦手そうな演芸担当者が、
放送局の偉い方のご子息であることが判明し、
大いに納得した私であった。

アメリカの有名なマジシャンの息子さんが来日した。
彼もまたプロ・マジシャンとなって
日本で公演をするという。
優秀なマジシャンの息子も優秀であるとは限らず、
どうにも冴えないステージを展開していた。
マジック関係者の間ではとうとう、
「ほら、あのバカ息子だよ」
と、名前ではなくて
バカ息子と呼ばれるようになってしまった。
こうなると遠慮のないもので、
本人を前にしても日本語だから分からないだろうと、
「ハ〜イ、バカムスコ サ〜ン」
などと呼んだりするようになってしまった。
しかし、彼はそう呼ばれることを気にするどころか、
逆に気に入ってしまったようで、
「ハ〜イ、ミナサン!
 ワタシハ バカムスコ デ〜ス!」
ステージで明るく言うようになってしまった。

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2007-07-15-SUN
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