MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

僕自身も立派なおじさん世代になっているからだろうか、
最近なんだか気になる、


『おじさん』


なにが好いんだか分からないけれど、
暇な時間があると見てしまう。
もう何回見たか分からない、古い映像。
ハード・ディスクとかDVDとかがない時代、
誰かがビデオ録画し、ダビングを重ねたものだ。
細かい部分など、ほとんどぼやけてしまっている。
それでもついつい、
DVDに焼いたそのぼやけた映像を見ている。
良くしたもので、
ぼやけた部分は実際に自分の目で見た時の記憶が
補完してくれているらしく、
表情までもが生き生きと
はっきりと見えているように思える。
島田晴夫、僕の大好きなマジシャンだ。
日本を飛び出して
オーストラリアからアメリカへと渡り歩き、
『ミスター・シマダ』という
人気マジシャンになった人物である。
『シマダ・ムーブ』と称される独特の動き、
無表情で演技しつつも妙に妖し気な目や口もと。
外国人には、シマダの一挙手一投足が
どうにも日本的かつオリエンタルな雰囲気に
感じられるらしいのだ。
日本人である僕の目には、
ただの怪しい東洋人のヘンな動きにしか見えない。
「テレビで、なんだかヘンな日本人のおっさんが
 マジックしてましたよ。
 アメリカで人気だとか言ってましたよ」
以前、あちこちでそう言われたことがある。
日本人から見ると
ヘンな日本人としか思えないミスター・シマダなのに、
外国では典型的な日本人と思われている。
不思議なものだ。
何度か見ていて、
トランプを手に出現させるマジックのところで
失敗しているのに気づいた。
ほとんどネタバレしているのを、
いつもの妖しい表情でごまかしているのが、
なんとも可笑しい。
興味の無い人には、どう見てもただおじさんに過ぎない。
そんなおじさんの映像を、
深夜にニヤニヤしながら見ている。
どうやら僕は、
シマダおじさんの魅力に取り憑かれてしまっているらしい。

色川武大さんのエッセイが好きになった。
名前を見つけると、つい買ってしまう。
読んでいると、
なんだか色川さんの話を実際に聞いているような気になる。
感動巨編とか、ファンタジーとかスペクタクルとか、
そういった内容ではない。
「なんだかねぇ、おじさんも大変でさ。
 それでも生きてて、飯食ったり酒呑んだり、
 まぁしてるんだねぇ」
そんな内容のように思う。
おじさんの繰り言を、
ふんふんとうなづきながら聞いているような気持ちなのだ。
実際にお目にかかったことは、残念ながらない。
なのに本屋で『色川武大』という名前を見ると、
「あっ、色川さんだぁ。お久しぶりです」
などと心の中で独りごちている。
深夜、ふとんの中で文庫本を広げる。
またおじさんがいつもの話を始める。
今夜のおじさんの繰り言もいつものように他愛なく、
僕はいつの間にか眠り始める。

テレビ時代劇の水戸黄門が大好きなおじさんがいる。
放送作家をしているそのおじさんは、
当然ながら自分の書いた台本を
プロデューサーたちに見せなければならない。
「そんなに面白いとは思えませんねぇ、僕には」
若いプロデューサーに、
慇懃な言い方で否定されることもある。
「そんな時ですよ、あの黄門様の印籠さえあればねぇ。
 印籠、つまりプロデューサーたちの上司、
 あるいはテレビ局の社長の名刺みたいなもの、
 そんなのがあればねぇ。
 いっそのこと、
 僕がテレビ局の社長の息子だったら‥‥」
彼はそのシーンを夢想しつつ、
「社長の名刺を見せつけて
 『だって、僕のパパは面白いって言ったんだよ!』
 そう言ったら、みんな急にひれ伏しちゃったりして、
 はははははは」
放送作家のおじさんは、とても愉快そうに笑った。

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2007-06-17-SUN
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