MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『弟子入り志願』

先日、ある制作会社でテレビ番組の打ち合わせがあった。
担当ディレクターさんとの熱いバトルを終えて
エレベーターに乗った。
そのエレベーターの壁に、
『新入社員・歓迎会◯月◯日決定!』
という張り紙があった。そうかぁ、
今年ももうそんな季節になったんだなぁ。

新入社員、我が業界でいうと新弟子ということになる。
毎年、桜の花が咲くころになると、
様々な弟子入り希望者が現れるのだ。
昔、落語の師匠たちに聞くと、
「ある日、玄関先に座ってたんだよ。
 落語家っていうのはそんな簡単なもんじゃぁないから、
 『もういっぺん親と相談してきなさい』なんて
 断っちまおうと思ってひょいとそいつを見ると、
 大きな米袋を抱えてるんだよ。
 で、訊いてみると新潟の出身。
 こりゃぁ、こいつを弟子入りさせとくと
 旨い米がずぅ〜っと食えるかもしれない、
 そう思って弟子入りを許したんだよ、ははは」
この話がウソか本当かは分からないけれど、
弟子入りというのも
昔はほのぼの、のんびりしたものだったのかもしれない。

ところが現代は、そうのんびりとはいかないようだ。
なんせ今はメールで弟子入り志願されたりするのだ。
「いつもテレビ見てます。
 ナポレオンズに弟子入りしたいんですが、
 どうすればいいですか?
 僕はマジックやったことはないけど、
 テレビに出てくるマジシャンたちくらいは
 すぐに出来ると思います。返事ください」
こんな弟子入り志願メールを読むと、
いったいなんと返事すればよいのか、
パソコンの前で茫然自失状態になったりする。
しかも、この手のメールが1通や2通ではないのだ。
米袋を担いで来いとは言わないが、
やはり直接会って話を聞かないことには、
返事のしようもない。

ずいぶん以前のこと、弟子入りしたいので
親と一緒に伺いたいという申し出があった。
独学ではあるけれど、
かなりの数のマジックはできるとのこと。
手紙ではかなりの熱意が感じられたので、
仕事先のホテルのレストランで
ご両親ともども会ってみることにした。
「本日はお忙しいところ、ご無理を申しまして‥‥」
なんだか元気のなさそうなご両親が、
これまで苦労を重ねて重ねてやっと育てました、
なんてことをボソボソと述べる。
どこか具合でも悪そうな息子さんは、
毎晩懸命に練習したというロープ・マジックを
陰々滅々と見せた。
こりゃダメだぁ、いくらマジックが上手くても、
この雰囲気でやられたら悲しくすらなるではないか。
私は、早くも断りの文句を腹の中で組み立て始めていた。
だいたい我々のマジックをテレビ等で見ているのなら、
もうちょっと明るい雰囲気の人が
弟子入り志願してもいいではないか。
よりによって、こんな暗い芸風ではどうしようもない。
私は舌打ちさえしたくなった。
すると、まるで私の心の中を読んだかのように、
母親が今にも泣き出しそうな表情になった。
「と、とにかくですね、今日のところは食事でもして、
 ここの料理は高いけれど美味しいですから、ははは」
こういう惨めっぽい雰囲気にはまるで弱い相棒が、
慌ててウエイターさんを呼んだ。
幸いにもご両親と弟子入り志願のご子息は食欲旺盛らしく、
テーブルいっぱいの料理をきれいに平らげた。
「本日はお話を聞いていただいて、大変に‥‥」
また暗い表情に戻って、3人はレストランを出て行った。
すっかり暗くなった街のなかに
3人の後ろ姿が溶けていくのを、
私は複雑な気持ちで見送った。
カードで支払いを済ませた相棒がぽつりと言った。
「おい、あいつら、新手の食い逃げじゃぁ‥‥」

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2007-04-08-SUN
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