MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

年明けのある夜、久々の同窓会を催した。
同窓会といっても学生時代のではなく、
以前にモロッコ・ロケに参加した連中の集まりである。
放送作家、ディレクター、カメラマン、マジシャン、
それぞれが話すそれぞれの、深夜まで尽きない物語。


『モロッコ物語』


モロッコを旅したことがある。
今から20年も前のことだ。
今やはるか昔のことになってしまった。
当時『ビッグウェンズデイ』という番組があり、
モロッコで鉱山技師をしている日本人を
取材することになった。
企画を担当するディレクターになったH氏は、
様々な準備をしているうちに
ふと我々のことを思い出したらしい。
「モロッコに行って現地で暮らしている日本人を取材、
 といってもねぇ。
 なんだか、どうしていいのか、と思ってね」
「そこで思い出したんだよ。
 そうだ、マジシャンを連れて行けば
 海外でもなんとかしてくれるだろう、そう思ってさ」
ずいぶんと乱暴な思いつきではあるが、
呑気なマジシャンは深く考えもせずに
モロッコに同行することになった。

美女の首に剣を刺すというマジックがある。
これを、砂漠にいるラクダの首に剣を刺すマジックに
転用することになった。
ところが、砂漠に行けば
あちこちにラクダが歩いているのかと思いきや、
ラクダはどこにもいなかった。
そこで、家畜として飼われているラクダを借りて
剣を刺すことにした。
だが、思ったよりラクダの首は太く、
おとなしくもなかった。
「じゃぁ、子供のラクダにしよう」
さすが百戦錬磨のH氏、素早く作戦変更となった。
しかし、我々が子供ラクダの首に剣を刺そうとした瞬間、
ラクダの持ち主が血相を変えて立ちはだかった。
無理もない、彼にはこれがマジックであるということを
説明されてなかったのだから。
怪し気なアジア人が来て金を払い、
飼っているラクダを少しの時間だけ貸せと言う。
了承すると、いきなり二人の男たちが
ピカピカ光る剣を
子供ラクダの首に刺そうとするではないか!
そりゃ驚くよなぁ、誰だって。

人間が宙に浮くというマジックを、
砂漠でやることになった。
まぁ宙に浮くといっても、ちょいと仕掛けが必要である。
舞台で行う場合は、カーテン等の裏に
仕掛けを隠すことができる。
しかし、砂漠にカーテンは見当たらない。
そこで、椰子の木を描いた板を砂漠に立て、
その前で浮くことに決定した。
90センチ四方の板を立てるのだが、
砂漠の強い風に煽られてすぐに倒れてしまう。
H氏の声が響く。
「大きな石を重しにしよう。まずは大きめの石を探そう」
砂漠にあるのは砂であった。
小さなサラサラとした砂ばかりである。
砂漠で石を探すのは無理ということを初めて知った。
立ち尽くす我々の周りを、ひゅうひゅうと風が通り過ぎた。

モロッコには、大道芸人が集まる広場があった。
これほどマジシャンに相応しい場所は他にないであろう。
我々は着々と準備をし、ロケに備えた。
ロケ用の車の屋根に乗ったH氏がテキパキと指示を出す。
「よ〜い、スタート!」
大観衆の前で、
我々はハンカチからゴムの鳩を出し
偽物のウサギをシルクハットから取り出したりした。
これで拍手喝采間違いなし!
だが、我々の思惑は見事に外れ、
観衆はぼんやりと見つめているのみ。
仕方ない、こうなれば奥の手、
剣を人間の首に刺してしまうという
ショッキングなマジックで脅かすしかないだろう。
誰かひとり、観客の中から参加してもらうことにした。
ひとりの男が立ち上がって前に進み出て来た。
横からもうひとりが出て来た。
更に別な男も立ち上がった。
すると、彼らはいきなりつかみ合い殴り合いの
大喧嘩を始め出したではないか。
どうやら、参加することで幾らかの報酬が
もらえると思ったらしいのだ。
戦いに勝ったひとりの男が、
ニッコリと笑顔で我々の前に立った。
さぁ、この男の首に鋭い剣が突き刺さるのだ!
観客はあまりの不思議さにビックリ仰天!
だが、激しい戦いで傷ついた男の顔は、
目は腫れ鼻血は流れ、すでに恐ろしい形相になっていた。
そのあまりの迫力に、
首に剣を刺す必要など微塵もなくなっていた。

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2007-01-28-SUN

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