MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

最近の詐欺行為は、なんだかスキがない。
機械的で顔が見えない。
それに比べると、以前はもうちょい人間味があったような。
ということで今回のお題、

『だます人々』

ずいぶんと以前の話である。
我々ナポレオンズは、とあるキャバレーに出演していた。
キャバレーって、なに?
と訊かれてしまうことも多くなったが、
当時のマジシャンたちにとって重要な仕事場なのであった。
多い時は月に10日以上、
キャバレーに出演していただろう。
ショーは午後8時と10時、
それぞれ30分くらいの出演というのが、
キャバレーのおおよその仕事内容であった。
浅草にあったキャバレーに出演していた。
1回目のショーが終わり、
狭い控え室でぼんやりとしていると、
「ナポレオンさん、
 客席に講談の◯龍斎貞◯先生がいらっしゃいますよ。
 ご挨拶しておいた方がいいんじゃないですか」
◯龍斎貞◯という名前を聞いても
まるで聞き覚えがなかったが、
偉い先生に違いないと思い客席に向かった。
◯龍斎貞◯先生は大きなソファーにどっかりと座り、
多くのホステスさんに囲まれていた。
「よぉ、君らがナポレオンか。
 貞◯だよ、よろしくな。
 まぁ座って、飲みなよ」
キャバレーでの出演は多くあっても、
客席に座ることなどなかった我々は、
恐縮しつつ水割りをいただいた。
「なぁ、来月の15日、俺の仕事やってくれないか。
 ギャラは50万でいいだろ?」
当時の50万円、我々にとって夢のような大金であった。
「は、はい。やります。よろしくお願いします」
◯龍斎貞◯先生は、
今後50万円の仕事を定期的に我々にくれるという
ありがたい約束をしてくれて、キャバレーを出て行った。
その後、50万円の仕事は1度も与えられず、
◯龍斎貞◯先生と会う機会もなかった。
それどころか、◯龍斎貞◯という講談師も
存在などしていなかったのである。
あのキャバレーで、◯龍斎貞◯と名乗った人物は、
50万50万という話の間に、
「なぁ、ここの支払いを立て替えてくれないか」
とか
「ちょっと持ち合わせがないから、
 10万くらい貸せないか」
と言う、とんでもない詐欺師だったのである。
幸いなことに、キャバレーの支払い代金も10万円も、
我々からだまし取ることは出来なかった。
巧妙な詐欺師も、
お金を持ち合わせていないマジシャンから
お金はだまし取れなかったのである。

大先輩の芸人さんが住んでいる町で、
夏祭りのイベントが行われるという。
「割とね、ギャラが良いんだよ。ぜひ頼むよ」
ふたつ返事で引き受けた我々は、
商店街の片隅に設けられた仮設ステージで
45分のマジック・ショーを汗まみれになりつつ努めた。
無事に終了し、弾んだ息で控え室の扉を開けた。
先輩は、部屋の真ん中で土下座をしていた。
先輩は、我々に支払われるはずのギャラをすでに受け取り、
更にもう使ってしまっていたのだ。
土下座している先輩の背中が、
そんな事実を明白に語っていた。

ある落語の師匠から聞いたお話。
「師匠、九州でね、50万の仕事なんですが、
 ぜひとも師匠にということなんで、
 引き受けてもらいたいんですが」
ご指名とあらばということで、師匠は快く承知した。
「実は、その50万の仕事の後にもうひとつ、
 これはまぁ、ボランティアみたいなもんで、
 5万の仕事もお願いしたいんですよ」
ついでだからいいよ、ということで
九州へと飛んだ師匠を待っていたのは、
「師匠、すいませんが
 50万の仕事は無くなってしまってですね。
 5万の仕事だけお願いします」
という業者の宣告であった。

最後にマジック界の大先輩、松旭斉すみえ先生の言葉を。
「でもね、人間はだますより
 だまされる方がいい人間に決まってるんだから」

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2006-10-22-SUN

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