MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『Kさん』

電話が鳴った。
「あのですねぇ、Kが言うにはですね、
 収録中のドラマのワン・シーンで
 ちょっとマジックみたいなことをしたいそうで。
 急なんですが、これから緑山スタジオまで
 お越しいただけないかと‥‥」
時々お世話になっている
Kさんの事務所の女性スタッフだった。
「どんなマジックが必要なんでしょうかねぇ。
 具体的にはどんなシーンなんでしょうか?」
私はちょっと困惑しながら応えていた。
すると、電話の声が
女性から急にKさん自身の声に代わって、
「おい、つべこべ言ってないで、
 いいからすぐに来いよっ」
相変わらずだ、私は反感を覚えるどころか
喜々として緑山に向かった。
Kさんの呼び出しは、いつも突然で問答無用なのだ。

スタジオに入ると、Kさんはセットの椅子に座っていた。
「役者がタバコを一本もらうんだよ。
 ところが、実はこっそりと
 数本のタバコを手のひらに隠しちゃう、
 そんなシーンにしたいんだよ、できるよなぁ」
マジックというより、なんだかスリの手口のような。
しかし、ここでモグモグ言っているより、
なんとかするしかないのが収録現場なのだ。

なんとかそのシーンが終了した。
しばしの休憩となって、Kさんが言う。
「どうだい、マジシャンの景気は?
 マジシャンっていうのは儲かる商売だろ?」
私はアメリカのマジシャンの成功例を話した。
ラスベガスには
年収10億円を稼ぎだすマジシャンもいるのだ。
するとKさんは妙に真顔になって、
「オレだったら2億でいいよ。
 2億くれるのだったら、
 ラスベガスに行ってもいいなぁ」
Kさんはラスベガスで何をして
2億円を稼ごうというのだろう、
そんな私の疑問など無視して、
「2億、だったらいいなぁ」
なんだかひとり夢心地のようだった。

新橋演舞場で、Kさん演出の芝居があった。
今回は、金持ちの男が
札ビラを景気よく見せびらかすシーンにしたいという。
「マジシャンがさぁ、
 鮮やかにトランプを両手に広げるだろ。
 あんな風に札を両手に広げたいんだよ」
これまた難しいことになりそうだ。
マジシャンはテクニックを習得して
両手にトランプを広げられる。
その技術の習得を、
短期間の内に役者さんに強いるわけにはいかないのだ。
なんとか札に細工をして間に合わせた。

芝居の初日、Kさんと一緒に芝居を観ることになった。
マジックのシーンをチェックしてほしいというのだ。
演舞場の前で待っていると、
白いスーツにサングラスのKさんが現れた。
タレントとかスターとは違う、Kさんだけのオーラ。
入り口のチケット係の女性が、
「チケットを‥‥」
と言いかけて止めた。
Kさんのオーラは無敵のようだ。
ガラス張りの演出室で、Kさんと二人で芝居を観た。
芝居はもちろん面白いのだが、
Kさんは笑いも話もしない。
なんとも居心地が悪い。
するとKさんはそんな私を察してか、
「大して面白くないだろ、オレの芝居」
珍しく優しい笑顔だった。

知人の編集者が、
Kさんを取材したいので紹介してほしいと言ってきた。
断られるのを覚悟でKさんに告げると、
「他なら断るけど、ナポさんじゃ断れないよなぁ。
 OKするけど、担当は若くてイイ女にしてくれよ」
Kさんはそう言ってニヤッと笑った。
いつの日か私も、
こんなセリフを言えるようになりたいと思った。

ドラマの現場では、役者さんもスタッフも、
Kさんの頭の中にあるシーンだけを追いかけるしかない。
映画『白鯨』のラスト・シーンを思い出す。
巨大なクジラの腹に、
たったひとりモリを打ち込んだ船長の手が、
「オレに続け!」
とばかりに揺れている。
「船長が呼んでいるぞ!」
船員たちは一斉に船長に続こうとする。
はたして、あんな巨大なクジラに勝てるのか、
そんな迷いなど消えて、ひたすら船長の夢に突き従う。

「いいから、つべこべ言わず、オレと一緒に来いっ」
そう言い続けたKさん。
最後にたったひとりで、
勝手にさっさと去ってしまった。


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ライフ・イズ・マジック
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2006-03-05-SUN

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