MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

「え〜ま〜の、た〜う〜の、ちゃんね〜がさぁ、
 れ〜き〜でさぁ」
なんのこっちゃ、さっぱり分からない人も多いだろう。
だが、これも立派な日本語である。
ただし、通じるのはバンド関係者だけかもしれない。
さて、この日本語の意味であるが、
「前に仕事で一緒になった歌手がさぁ、きれいな人でさぁ」
である。
つまりは、ひとつひとつの言葉を
さかさまにして話しているだけなのだ。
『え〜ま〜』とは『前』だし『た〜う〜の』は『歌の』、
『ちゃんね〜』は『ね〜ちゃん』だったりする。
「ら〜ぎゃ〜が、つぇ〜まんげ〜せん、どうする?」
「ギャラ(お金)が、1万5千円だってさ、どうする?」
自分たち、仲間内でだけ通用する言葉も、
時として必要である。
お寿司屋さんなどで使う
『おあいそ』『むらさき』『あがり』など、
今ではお客さんも使ったりするが、
元々は店側だけで通用する符牒であったらしい。
そこで今回の毎度ばかばかしいお話、


『しょくない、する?』


『内職』とは本来、本業ではない仕事、副業のことである。
だが、我ら演芸界では少し意味合いが違っていて、
所属している事務所を通さない仕事を意味する。
友人知人を通じて直接に依頼された仕事など、
時々は事務所に内緒で受けてしまう。
当然ながら、いただくお金も
芸人に直接支払われることになり、
所属事務所には1円も入らないことになる。
芸人にとってはうれしい仕事になり、
所属事務所にとっては決して許せない裏切り行為、
それが『内職』なのである。
そこで、芸人どうし、
「おい、今度、内職やることになったぞ」
などとは、おおっぴらに言えない。そこで、
「職内(しょくない)、やるよ」
などと言葉をさかさまにしたりするのである。

「富山のさぁ、俺の知り合いから仕事を頼まれたんだよ。
 知り合いだから、
 事務所に『しょない(内緒)』で
 『しょくない(内職)』しない?」
知り合いからの直接の依頼となれば仕方ない、
事務所には申し訳ないが引き受けることにした。
降り立った富山は一面銀世界であった。
空港まで迎えに来てくれた知人の車で、
仕事先のホテルへと向かった。
ある企業のパーティが開催されていて、
後半に我々ナポレオンズの出番があった。
意外と若い人たちが大半で、
我々のステージは多いに盛り上がって終了した。
すぐさま空港にとんぼ帰り、その車内で、
「ありがとう、盛り上がって良かったよ」
ねぎらいの言葉とともに、
封筒に入った現金をいただいた。
芸を観てもらい、
すぐさまその芸に対しての報酬をいただく。
実にありがたい、まさに芸人冥利に尽きる瞬間なのである。
しかし、芸人にとっては
ありがたい『しょくない』であっても、
万が一所属事務所に知られたら大変なことになってしまう。
どんなことがあっても、知られてはならない。
ところが、まさに好事魔多し、
空港の待合室に入ったわれわれの目に飛び込んで来た
あの男、なんということか同じ事務所に所属している
Aではないか!
とっさに隠れようとしたのだが、
しっかりと目と目が合ってしまった‥‥。
「や、やぁ、久しぶりだねぇ。
 今日は富山だったんだね、あはは。
 俺たちもさぁ、なんていうのか、
 その、仕事じゃないんだけどね」
言い訳にもならない会話が精一杯だった。
Aのことだ、東京に戻ったら
さっそく事務所に告げ口をするに違いない。
事務所に発覚するのは時間の問題である。
こうなっては下手な言い訳も見苦しい、
いただいた現金をそのまま事務所側に渡して
謝るしかないだろう。

ところが、Aは告げ口をしなかった。
したがって事務所に知られることもなく、
この『しょくない』は無事に成功したのである。
どうやら、富山でのAの仕事も、
『しょくない』だったようで‥‥。

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2006-02-05-SUN

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