MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

マジック・バーが増えている。
都内のあちこちで、気軽にマジックを楽しめる店が
続々オープンしているらしい。
私も見に行きたいが、どこもかなり混雑しているらしい。
そこで、私はある計画を練った。
題して、


『台風マジック計画』


関東を直撃するかもしれない大型台風が接近中、
というニュースが流れている。
こりゃぁ大変、どこかに避難しましょう、
なんて発想は微塵もない私である。
今夕あたり、いちばん風雨が激しくなりそうだ。
となると、人々は早々に帰宅して屋内でじっとしている。
すると、あちこちの飲み屋が暇を持て余す。
いつも混雑しているという噂のマジック・バーも、
こんな夜はすんなりと入れるに違いない。
そうだ、そうに違いない、あっはっは、
今夜こそ絶好のマジック・バー日和だ。

昨今のマジック・ブームのお陰で、
あちこちにマジックを楽しむことができるバーが
増えている。
常にマジックを見せてくれるバーもあれば、
「開店◯周年記念」などと銘打って
マジシャンを雇っているバーもある。
ゆえにマジシャン、
特にクロース・アップ・マジシャン
(トランプやコインなどを使って、
 目の前で不思議な現象を楽しませてくれるマジシャン)
は大忙しの状態である。
数ヶ月前、ある知人から電話があった。
懇意にしているバーのママから、
「ねぇ、おーさん、
 ウチのバーの5周年のパーティ期間にさ、
 今はやりのマジックをやりたいのよぉ。
 でさ、ひたい、じゃなかった顔の広いおーさんにさ、
 マジシャンを紹介してほしいのよ。
 うふっ、あたしが頼りにしてるのは、
 おーさん、あ、な、た、だけ」
という依頼を受けてしまった。
そこで、おーさんの頭に浮かんだのが、
誰あろう私なのであった。
さんざんあちこちに断られた私であったが、
なんとか現役の大学生であるアマチュアのマジシャンに
OKの返事をもらうことができた。
プロとして活動しているクロース・アップのマジシャンは、
とっくの昔にそれぞれの店と契約してしまっている。
今ごろ
「はいはい、もう、いつでも空いてます」
なんてマジシャンがいたとしたら、かなりのヘボであろう。
今回お願いした大学生マジシャンのK君、
腕は確か頭脳明晰、その上性格温厚
(これがクロース・アップ・マジシャンの
 いちばん大切な要素である。
 なんせお客はすぐ目の前にいて、
 あれこれ好き放題なことをしゃべりまくる酔客が多い。
 いちいちムカッとしてたら大変である)
なのであった。
彼は夕方まで別の店で仕事をした後、
駆けつけてくれるという。
アマチュア・マジシャンも掛け持ちで仕事をしている。
ブームのすごさをあらためて感じてしまう私であった。

さて、台風の進路を少しは気にしつつ、
私は噂のマジック・バーへと向かった。
雨がやや強くなって、道ゆく人もまばらである。
銀座数寄屋橋交差点近く、
とあるビルの6階にそのバーはあった。
ドアを開けて中に入ると、予測通りお客は誰もいない。
私とは以前からお付き合いのあるマジシャンのTさんが、
温かい微笑みで迎えてくれた。
念願であったであろう
自分の名を店名にしたマジック・バー、
大変な思いもしたに違いない。
でも、そこには今までにない、
自信と充実感にあふれたTさんがいた。
カウンターに5人、ボックスに10人も入れば
満員になってしまう店である。
普段は混んでいて、なかなか入れないという。
しかし、台風のお陰で今夜はゆったりと楽しめそうだった。
ところが、なんとお隣で営業している
別のバーのママさんが、
数人の男性客と現れたではないか。
「ねぇ、私の大切なお客様なの。
 マジックを見せてあげたいの」
ということでボックスのひとつが埋まった。
続いて5、6人の常連さんらしいグループが入ってきた。
更に男女のカップルがカウンターに座った。
台風なんてメじゃない、
Tさんのマジックを待ちこがれるお客で
店は一気に満杯となってしまった。
小さいながらステージもあり、
小気味よくセンスのいいTさんのマジック!
大いに盛り上がったところで
クロース・アップが始まった。
ただ不思議というだけではない、
所々に音楽を効果的に配して心憎いばかりである。
マジックが終わり、客は残らず満面の笑みを浮かべている。
カウンターの内に戻ったTさん、淡々としていながら、
「やっと、ここまで来た」
というような表情を浮かべていた。

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2005-07-31-SUN

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