MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

我々ナポレオンズのような天才マジシャンにも、
災難は時々やってくる。
ある日のステージのこと、消したはずのサイコロが
隠しておいたジャケットの中からポロリと落ちて、
あげくの果てに客席まで転がってしまったことがある。
しかも、よせばいいのにそれを拾った観客が、
「驚いたなぁ、消えたと思ってたサイコロが
 こんなところから出てきたぞ。
 不思議なこともあるもんじゃて」
大笑いされてしまった。
笑わせるはずが、笑われてしまった。
これぞ災難中の災難というものである。
さて今回も、山のようにあるマジシャンの災難の、
氷山の一角、


「続・マジシャンの災難」


「A君の災難」
ほとんどの大学に存在するマジック研究会。
ある大学の研究会に所属するA君は、
1年に1度だけ研究会が主催する発表会の出演メンバーに
選ばれた。
研究会の人数が多い場合、
当然ながらステージに出て演技を見せられる会員は
限られてくる。
出演以外の会員たちは受付けや音響係り、
照明やマジック道具のセッティング等の係りとなる。
A君は日ごろの努力の甲斐あって、
出演者に名を連ねることが出来たのであった。
1年のほとんどを、
発表会に演ずるマジックを練習することに費やすのだ。
来る日も来る日も、同じ演技を繰り返し
練習に励まなければならない。
A君に割り当てられたマジックは、
ソフト・ボール大の銀球を
布の上でフワフワと浮かばせるというマジックであった。
なかなかに難しいマジックである。
特に、本当に銀球が重力から開放されて
浮いているように見せるためには、
微妙な感覚をつかむ必要がある。
それらは口で説明できるはずもなく、
指導してくれる先輩もただ
「違うなぁ、それじゃ浮いてるようには見えないぞ」
と、ひたすらダメ出しをするのみである。
3ヶ月ほどで、
「良い感じになってきたなぁ」
という先輩の言葉をもらえるようになった。
半年もすると、まさに銀球は奇跡のように浮遊し始めた。
しかし、そこからが大変なのであった。
いつもは大学の講堂を借りての練習、
見ているのはいつもの研究会のメンバーである。
始めは怒られたりして緊張するのだが、
次第にそれにも慣れてきてしまう。
それで問題はなさそうに思えるのだが、
そんな慣れのまま本番のステージに上がり、
初めて目の前の大勢の観客を目にした途端、
頭の中が真っ白になってしまうのだ。
その克服法は、ただひたすら
同じ演技を繰り返すというもの。
そうして、緊張しようが頭の中が真っ白になろうが、
身体が勝手に演技を続けられるようしてしまうのだ。
ずいぶんと効率が悪く原始的とも思えるのだが、
これが学生マジシャンたちの伝統の練習法なのである。

さぁいよいよ本番当日、A君の出番がやってきた。
カーテンが開き照明が当てられている。
確かに頭はうっすらと白くなりかけているのだが、
身体はいつもの練習通りに動いている。
銀球を丁寧にあらため、
なんの仕掛けもないことを観客に見せる。
その後、布をあらためるために
銀球をいったんテーブルに置いた。
と、どうしたことか、なんと銀球がコロリと回転して
床に落ち、パカンと割れた。
A君の1年は、その瞬間に終わりを告げた。


「脱出王の災難」
ポルトガルのリスボン、
美しい海を見下ろす高台に建つコングレス・ホールで、
マジックの世界大会が開催されていた。
その夜、プロ・マジシャンによるスペシャル・ショーは、
いよいよ最後の出演者を迎えようとしていた。
カーテンが開くと、巨大な水槽がステージに現われた。
続いて真っ赤なタキシードを着こなしたマジシャンが
ステージに登場すると、ホールは大歓声に包まれた。
これから彼を一躍有名マジシャンにした演技が始まるのだ。
端正な面立ち、微笑を浮かべたマジシャンの手に、
頑丈そうな手錠が掛けられる。
続いて足首にも枷がはめられてしまう。
重しのための鉄球が、手錠に付けられる。
その状態で降りてきたロープをつかんだマジシャンは、
そのままステージ上空に吊り上げられた。
少しずつ、水槽の上まで移動されたマジシャンは、
そこでロープから手を離してしまった。
巨大な水槽の奥深く沈んでいくマジシャンを、
観客は固唾をのんで見守った。
マジシャンが水槽の底でもがき始めた瞬間、
水槽の全面のガラスが奇妙な音とともに割れ、
大量の水が洪水のように流れ出てきた!
まるで夢を見ているかのように
放心状態の観客が目にしたものは、
水槽から華麗に脱出するはずのマジシャンが、
知らぬ間に水槽の外に出ていてもがいている姿であった。
赤い素敵なタキシードのマジシャンは、
今や水槽から飛び出してしまった
あわれな金魚にしか見えなかった。


「生放送の災難」
マジシャンは自信満々であった。
この番組への主演は初めてで、少し緊張はしていたが、
なんせ今回のマジックは自慢のネタである。

マジシャンは観客に1枚のトランプを選ばせる。
そしてよく覚えてもらう。
次に、ステージに置かれている鐘を見せる。
「皆さん、これはウソ発見器です。
 誰のどんなウソにも、正確に反応して
 カ〜ンという大きな音を鳴らします」
マジシャンはトランプを引いた観客に問いかける。
「これからたくさんトランプを見せていきます。
 もし貴方の引いたトランプが出てきても決して動揺せず、
 すべてのトランプに『いいえ』と答えてください」
観客はマジシャンの指示通りに
「いいえ」を繰り返していく。
しかし、ハートの8を見て「いいえ」と答えた瞬間、
カ〜ンと鐘が鳴った。
「ハートの8を見て『いいえ』と言いましたね。
 でもあの鐘が鳴ってしまいました。
 貴方のウソに反応したのです。
 つまり、貴方の引いたトランプはハートの8、ですね?」
観客は、その見事な結末に惜しみない拍手を送る。

これまで幾度も生のステージで演じてきた。
観客の誰もが、このマジックの持つ不思議さと
しゃれた演出に魅了される。

生放送のスタジオに、
マジシャン愛用の「ウソ発見器」がスタッフの手で
丁寧にセットされている。
司会者の紹介とともに、マジシャンは
さっそうとステージに登場した。
「皆さん、マジシャンのミラクル・新一郎です!」
マジシャンが自己紹介をした。
すると、あの「ウソ発見器」がカ〜ンと鳴った。
スタジオには、様々な電波が飛び交っている。
そのどれかが「ウソ発見器」を誤作動させてしまったのだ。
慌てたマジシャンが、
「あの、これは、ウ、ウソ発見器で‥‥」
カ〜ン。
「え〜っと、ちょっと故障かも‥‥」
カ〜ン。
鳴り続ける「ウソ発見器」だけが大映しになって、
マジシャンの出番は突然に終了した。

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2003-09-23-TUE

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