MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

これまで、世界各国の番組に出演してきた。
いずれも忘れ難い思い出ばかりであるが、
実は忘れてしまいたい記憶もあったりして。


「世界のエンターティナー、ベルリンに大集合!」


ドイツの番組に出演することになった。
収録はベルリン、3泊5日の日程、
ドイツへは初めての旅であった。
ドイツのテレビ局が、
どうして極東のマジシャンを知っていて
出演オファーを出してくるのか、よくされる質問である。
「我々ナポレオンズは、国内よりも
 むしろ世界のマーケットから注目されていますからねぇ、
 あっはっはっは」
などと言いたいのだが、残念ながらそうではない。
実を言うと、
我々はパリにあるエージェントに所属しているタレント、
マジシャンなのである。
そのエージェントが、ヨーロッパの各地のテレビ局に
ナポレオンズの資料VTRなどを送ってくれているのだ。
その結果、我々のパフォーマンスに興味を持ってくれる
物好きなプロデューサーが、
ヨーロッパの各地にいてくれるということなのだ。
これまでもフランスはもとより
イタリア、スペイン、オランダ、スイスなどから
招かれている。
さて今回の番組は、
「世界のエンターティナー、ベルリンに大集合!」
というものであった。
その世界のエンターティナーの一組に選ばれたのだから
我々は日本人なのに鼻高々、もちろん二つ返事で
「オッケー、オッケー」
なのであった。
成田を発ちフランクフルトを経由してやっとベルリン入り、
休む間もなく打ち合わせ及びリハーサルが待っていた。
世界各地から集まってきた
選りすぐりのエンターティナーたちも勢揃いしている。
どうやらマジシャンは我々ナポレオンズだけのようだ。
ということは、我々は世界のマジシャンをも代表して
ここにいるということになる。
う〜む、やはりドイツのプロデューサーはお目が高い!
楽屋には、数人のドイツ各地のエージェントが訪ねてきた。
我々の噂を聞きつけてやってきたらしい。
各々名刺を渡し次回はこちらのイベントへ、
今度はあちらの番組へと勧誘してくれる。
名刺はたちまち増えて、
トランプのように扇状に広げられるほどになってしまった。
ドイツのエージェントもお目が高い!
感心するやら感激するやら、
すっかり舞い上がってしまう我々であった。

プロデューサーが、
この番組の有名司会者を紹介してくれるという。
化粧室に向かうと、有名司会者がまさにメイクの真っ最中。
大勢のスタッフたちが彼を囲んでいる中、
椅子に背をもたれかけているその姿は
まさに大物の風格が漂っているではないか。
我々は、さっそく日本から持参した
ナポレオンズ特製トランプをプレゼントした。
今回の出演をきっかけにして、
今後ドイツの番組出演が増えるに違いない。
そうなれば、この大物有名司会者に
再び会うことになるやもしれぬ。
ここは特製トランプを渡して
ヨイショしておいて損はなかろうということだ。
「ウォッホホホ、これは珍しい。
 私は日本製のトランプは初めて見たよ、ウォッホホホ」
などと言ったかどうか、
ドイツ語はさっぱり分からない我々であった。

幾度もの綿密なリハーサルが続いて、
いよいよ本番の収録が近づいてきた。
我々の前に3組の出演者があり、後にも5組が続く。
ドイツでも有名な、
夏の2時間スペシャル番組ということであった。
ステージ後方に、大きく番組タイトルが飾り付けてあった。
電飾が煌めいていてかなり豪華、
さすが2時間スペシャルなのであった。
我々だけに付いていてくれる、専属の通訳がいた。
通訳といっても、
ドイツ語を日本語に訳してくれるという訳ではない。
ドイツ語を英語に訳して伝えてくれるのみである。
これはドイツだけではなく、
フランスでもイタリアでもオランダでも同様である。
つまりは、最低英語だけは理解できないといけないのだ。
その点、我々は英語だったら
コミュニケーションには不自由しない。
まぁ若干分からないことはあっても、
フランス語やイタリア語のように
チンプンカンプンよりはマシというものだ。
少なくとも
「今の英語は分からなかった」
と言えるのだから。
その通訳の若者に、
ステージ後方を飾る電飾の文字の意味を尋ねてみた。
当然ながら今回の番組タイトルが
描かれているのであろうが、
残念ながらドイツ語でさっぱり解らない。
推測すれば
「世界のエンターティナー、ベルリンに大集合!」
などということだろうか。
若者はしばしの黙考の後、答えた。
「『世界の奇人変人ベルリンに大集合!』と書いてある。
 あっはっは、面白いタイトルだね。
 こりゃぁいいや、あっはっは。
 ということは、
 あなた達もかなり奇人変人ということだよね。
 あっはっは、そうだと思ったよ」
カラカラと笑う若者の英語に、耳を疑う我々であった。
奇人変人って、いったいどういうことだ。
世界のエンターティナーとして
選ばれたのではなかったのか。
あまりのショッキングな事実に、
腰も砕けんばかりの我々であった。
「そういえばあのアメリカ人も変だし、
 そこのイギリス人も奇妙なことやってたもんなぁ」
他の出演者のリハーサルなど
見ている余裕のなかった我々に、
若者は無邪気に説明をし始めた。
確かに、アメリカからやってきた男は
スキン・ヘッドの頭上にロウソクを一本立てているし、
イギリスの男女カップルは
男と女の衣装があべこべになっている。
その他の出演者も
奇妙キテレツなかっこうばかりではないか。

ショックを癒す間もなく、ショーが始まった。
始めに登場するのは、あの大物有名司会者である。
その一言一言に、客席は大爆笑の渦であった。
ちょっとした仕草にも、またまた爆笑が沸き起こる。
どっかんどっかん、観客の受けをつかみ放題の司会者が、
いよいよ最初の出演者を紹介した。
シ〜ン、さっきまでのあの大爆笑はどこへやら、
客席はなんの反応もない。
そのまま数分の演技は終了してしまった。
再び大物有名司会者が出るとどっかんどっかん、
すごいリアクションである。
2組目が登場するとザワザワっとした反応があったものの、
やはりシ〜ンなのであった。
またまた司会者どっか〜んどっか〜んの後、
3組目シ〜ン。

そしていよいよ我々の出番がやってきた。
出し物は自慢の爆笑マジック、
まずはハンカチからハトが出現!
ところがゴムで出来ているハトだから
ポロリと落ちてしまう。
今度はシルク・ハットから可愛いウサギが出てきた!
と思いきや、これもニセモノだから
ガックリと倒れてしまう。
終いには我々ナポレオンズも床にバッタリ・・・。
爆笑の中にもペーソスが感じられる素晴らしい演技、
のハズであった。
結果は、いままでの出演者の中でも断トツのシ〜ンだった。
なんせ観客はこの場には存在しないも同然なのであった。
たとえ存在していたとしても呼吸さえしていないかのよう。
微動だにせず、しかししっかりと目を開けて
我々を見つめるのみであった。
惨めな思いを噛みしめつつ、
落ちたハトとウサギを片づけた。
通訳の若者はいたたまれないのであろう、
どこかに姿を消してしまった。
重い身体を引きずるように、楽屋へと戻る我々であった。
なんだか急に長旅の疲れまでが押し寄せてきて、
もうなんの気力もありゃしない。

楽屋に戻ると、あんなにいたはずのエージェントたちが
ひとりもいない。
扇状に広げたほどのエージェント達の名刺が、
ほとんど回収されてしまったのであろう、
2、3枚しか残っていない。
これ以上ない残酷な仕打ちではあるが、
これがショー・ビジネスというものだ。
もう我々は1マルクの価値もない、
ただの東洋人になったのだ。
収録は相変わらずの展開のようであった。
司会者のどっか〜ん、出演者たちのシ〜ンが
交互に聞こえてくる。
そうして番組は終了した。
突然楽屋のドアが勢いよく開けられ、
アメリカ人のスキン・ヘッド&ロウソク男が立っている。
「なぁ、今日の観客はおかしくないか?
 俺の爆笑芸にクスリとも来ないのは変だぜ。
 みんなでプロデューサーに抗議しようぜ」
廊下から、あのイギリス人ペアの怒りも聞こえてくる。
国民性の違いは大きいものだ。
アメリカ人もイギリス人も、
怒って立ち上がろうとしている。
しかし、我々日本人エンターティナーは
もう怒る気力などない。
すでに忘却の彼方に逃げ込もうとしているのだ。
抗議が受け入れられることはなかったのだろう、
劇場がうそのように静かになった。

こうしてベルリンの一日が終わった。
初めて見るベルリンの夜景、
輝くネオンとその背後の暗やみのコントラストを、
いつまでもただぼんやりと眺めていた。

2003-07-06-SUN
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