MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

私は実はダメ人間である。
ダメなんだから慎重に生きればいいのに、
くだらないことばかりに手を出して
ますます窮地に陥ってしまう。
しかも、そこから這い上がる根性など
持ちあわせてもいない。
そんなダメ根性なしにも、
救いの手をさし伸べてくれる人がいます。
本当にありがとうございますの今回、


「たなごころ」


私がプロ・マジシャンになってすぐの頃、
パチンコで3千円ほどスッてしまった。
有り金全部だった。
かなり落ち込んで、当時いそうろうしていた家に帰った。
するとお母さんが
ごはんとみそ汁、コロッケなどを並べ、
「ちょっと早いけど、夕ごはんにしなよ」
私が食べ始めると、
「人間、食べてる時はとにかく幸せなもんさね。
 調子悪い時は、食べるに限るよ」
よほど私はしょげていたのだろう、
お母さんは直ちに対策を立ててくれたのだ。
確かに落ち込んだ気分はすぐに直ってきて、
これまでで一番、心に残る夕ごはんになった。

A先生は大恩人である。
まるで受けなかった私たちのマジックを、
「これからは、こういうマジックが良いんです」
などと観客を説得してくれた。
仕事を廻してもらい、多くの人に紹介もしていただいた。
千葉のある町で、一緒にマジック・ショーを開いた。
その帰り道、夕食を食べながら
あれこれと有り難いアドバイスをしてもらっていた。
途中で、私は電話のために席を外した。
今夜の友人との待合せに遅れそうだったからである。
「もしもし、俺だけどさ、今A先生と一緒なんだよ。
 それで先生の話が長引いてるから、
 ちょっと遅れるかもね。
 あっ、もう10円玉がないから切れ・・・」
すると後ろから
10円玉が数枚乗った手がスッと出てきた。
振り返ると、そこに笑顔のA先生がいた。

オランダで開催された
マジック・コンテストに挑戦することになった。
私は緊張しきりであった。
いつもは図々しい私も、
いささか神経質になっていたのだろう、
朝から何も喉を通らない。
コンテストに同行していたSちゃんが、
「そろそろバターにも飽きたでしょう。
 実は炊飯器を持ってきたからさ、
 たまごかけごはん、しよ」
食べましたよ、おかわりまでした。
身体に沁みるような旨さだった。
さっきまでの緊張感などどこかに消え去ってしまって、
どんといこうじゃないかという気分になった。

自動車免許を取ろうと、
世田谷にある自動車教習所に通うことになった。
その年の夏、故郷の教習所に通ってみたものの
途中で挫折していたのだった。
その続きで、今度こそ合格しないと
これまで費やしたお金がパーになってしまう。
暮れも押しつまって12月24日、
いよいよ路上試験がやってきた。
渋滞名所の環八も入っているルートで、
なんだかややこしい。
必死の思いでハンドルを握りしめて、
なんとかゴールできた。
必死のあまり、ゴールを過ぎたにもかかわらず
走り続けたほどだ。
私の運転はどうだったのだろう。
試験官の表情はなんだか険しい。
その日の夕方、合否の発表があった。
私の名前が呼ばれ、
「メリー・クリスマス。
 私からのクリスマス・プレゼントだよ」
サンタさんは意外なところにいてくれた。

サイフを掏られてしまった。
マジシャンとしたことが、
なんとも情けない。
しかも珍しくたくさん現金が入っていた。
たまには贅沢な夕食をなんて思っていたのに、
残ったのは小銭入れの中の数百円。
あわれで間抜けなマジシャンは、
とりあえず空腹を満たさねば
ボロボロになってしまいそうだった。
駅前の立ち食いに入り、かけそばを注文した。
するとおばさんが、
「おや、今日は末広かい?」
などと言う。
そして出てきたのは、注文と違う天ぷらそばだった。
あれっと思い、おばさんを見るとウインクなどしている。
おばさんは、こっそりと天ぷらを
おまけしてくれたのだった。
盗んだ人間と盗まれた間抜けな自分への恨みの気持ちが、
なんだか薄れてきた。

2003-06-16-MON
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