MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

過去を美化すること、
これが意外に面白い作業であることを知ってしまった私、
そこでつい調子に乗ってお送りする今回、


「続・美しい人生」


「ぜんぶ、坊ちゃんのものですよ」
老人から発せられた言葉は、
私の思考を停止させてしまった。
「ぜんぶ、坊ちゃんの・・・」
同じセリフばかりが、頭の中を占拠している。
どのくらいたったろうか、
やっと現実に戻った私はステージに戻り、
お客様に感謝の挨拶をした。
「いやぁ、ご苦労様でした。
 みんな、喜んでいましたよ」
ホームの職員さんの言葉も終わらないうちに、
私はどうしても訊かなければならないことを尋ねた。
「先ほどのあの老人は、
 ひょっとすると
 以前会ったことがあるかもしれないのです。
 ここへ来る前はマジシャンだったとか・・・」
職員さんの話によれば、
老人が以前に何をしていたかは聞いていないし、
現在は痴呆がかなり進んでいて
本人には訊くことができない。
しかし老人には身寄りがあるとのことであった。

教えてもらった情報を頼りに、
私は都内の老人の家族を訪ねた。
すると、やはり老人は元プロのマジシャンで、
日本各地を仕事で廻っていたのだった。
「岐阜のご実家にも、お邪魔したかもしれませんねぇ」
更に驚いたことに、
話を聞かせてくれた老人の長女は
老人のもとにマジックを習いに来た
アメリカ人と結婚し、渡米していたというのだった。
後になってある事情で別れてしまい
娘とともに帰国しているが、
元の夫は
ロサンゼルスのマジック・キャッスルというところで
レギュラー・マジシャンとして活躍しているという。
話の途中に娘さんが帰ってきた。ナオミさんという、
美しいお嬢さんであった。
何度か伺ううちに、
私は老人の家族とすっかり仲良くなってしまった。
「今度、ナオミが父親に会いに
 ロサンゼルスに行くんですよ。
 もし良かったら、
 娘のボディガードになってくださらない?」
ふたつ返事で一緒に渡米することになった。

初めてのマジック・キャッスルは、
まさに魔法のお城だった。
「オープン セサミ!(開け、ゴマ)」
と叫ぶと、重い玄関扉がギィと開いた。
ナオミから彼女の父、クリストファーを紹介された。
日本で学んだマジックを
スピーディに演じるクリストファー。
そのステージに驚嘆する私を、
ナオミは嬉しそうに見つめるのでした。
「明日、私のステージに出てみないか」
クリストファーの突然の提案に耳を疑いつつも、
ナオミの笑顔につられてついイエスと応えてしまった。
思いっきり拙いはずの私のマジックが、
まさにマジック・キャッスルの魔法か、
大ウケという結果となってしまった。
「今夜は良かったよ。
 君はプロとしてやっていくべきだ。
 さて、私はこのマジック・キャッスルでの出演を
 十年も続けている。もう充分だろう」
自宅に帰り、くつろいだ表情のクリストファーが
ポツリとつぶやいた。
「どうだろう、君に私の後を継いで
 キャッスルの専属マジシャンになってほしいのだが。
 もちろん1年後、あるいは2年後でもいい。
 私のレパートリーもすべて伝えよう」

私とナオミは、信じられない思い出を抱えて帰国した。
1年後、すべての準備が整った。
私とナオミは再びあの老人、ナオミの祖父のもとを訪ねた。
「私は貴方のお弟子さんであった
 クリストファーさんの後を継ぐことになりました」
私はナオミを見つめて言葉を継いだ。
「マジック・キャッスルの
 専属マジシャンになることになったのです。
 そして、どうしてもナオミさんと一緒に
 ロサンゼルスで生活を共にしたいのです」
ナオミがゆっくりとうなずくのを
ボンヤリと見ていた老人が、小さな声でつぶやいた。

「ぜんぶ、坊ちゃんのものですよ」

2003-04-06-SUN

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