MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

私はジジ&ババッ子でありました。
忙しい両親に代わって、
祖父、祖母は愛情をそそいでくれました。
それゆえか、私の性格は祖父に似ています。
顔もなんだか最近似てきたようです。
そんな祖父を想いつつの今回、


「じいちゃん、今夜は鍋にしよ」


祖父は料理好きでありました。
といっても、そんなややこしい料理ではなくて、
七輪を使った焼きものや鍋などでした。
特に鍋にはかなりウンチクがあるらしく、
あれやこれや材料にこだわっていたようです。
子供だった私にはさっぱり分からなかったのですが、
材料のすべてを自家製でまかなっていました。
手間ひまかけて栽培した野菜、飼っているにわとり、
山で採ってきたきのこなど、
今にして思えばぜいたくな鍋でありました。

ある日、祖父が外から帰ってきて宣言しました。
「ものすんごいものが手に入ったじょ。
 今夜は鍋にしよまい」
家族一同、異論などあるはずもありません。
なぜなら、これまで祖父の「ものすんごい」ものは
確にものすんごく旨かったのですから。
鍋となると、材料の下ごしらえから
すべて祖父におまかせ、家族はただ食べればよいのでした。

さて、いよいよ鍋がやってきました。
今回は、やはり相当の自信作のようです。
祖父はすでに味見済みのようで、
「今日はいつもの鍋とは違うでなぁ。
 こりゃ、ものすんごい旨いでなぁ。
 た〜んと食べてなぁ」
鍋のふたを取ると、
ゆげの向こうに美味しそうな野菜とともに
白身の魚がホワンホワンと浮かんでいます。
「そう、それが旨いんじゃぁ。
 今まで食べたことないでなぁ。
 びっくりしてまうぞ」
さっそく、その白身からいただきました。
淡泊かつ旨味の深いこと!
しかも歯ごたえのなんともいえない良さ、
ムッチリとした噛みごごちが
たまらないのでした。
白身、野菜、豆腐、それらが熱い薄色のスープと一緒に
口の中で交じりあう、たまりません。
まだ子供だった私は、
当然ながら酒を飲めないので分かりませんでしたが、
その白身と酒の相性は抜群だったようです。
祖父と父は鍋と酒を交互に口に運び、
う〜ん、などとうなりつつ黙って味わっています。
「フグっていうのも旨いもんだけど、
 こっちの方が味は上かもしれんな〜も」
やっと父が言葉を発しました。
そうかぁ、そんなフグという旨いのがあって、
それより今夜の鍋は旨いのかぁ。
フグなんて食べたことのなかった私は、
なんせ感心するばかりでした。
それから月に一度くらい、
この鍋が食卓に登場するようになりました。
その度に、家族たちは旨い旨いと舌つづみを打つのでした。

ある日の夕方、
「今夜は、あれの鍋にするからねぇ」
祖父が言い、台所に入っていきました。
私は、あの美味しい白身が、
あのフグというものより旨いあの白身が、
いったいどんな魚なのか、見てみたくなったのでした。
祖父の調理が始まったころ、
こっそり台所を覗いてみたのです。
鍋はすでに火にかかっていて、
大きなたらいが横に見えていました。
「じいちゃん、じいちゃん」
後ろから声をかけてみると、
祖父はかなりあわててたらいにふたをしてしまいました。
どうしても見たかった私は、
駆けよってたらいの中を覗いたのです。
黒い、大きな頭らしいものが、
ふたの隙間からチラリと見えました。
「じいちゃん、なんなのこれ?
 魚? あの鍋に入れるの? 」
祖父は観念したかのように答えました。
「そうじゃよ、これがあのうんまい魚じゃ。
 見ためが悪いじゃに、見ん方がいいと思ってな」

ふたを取ったたらいの中にいたのは、
オオサンショウウオ・・・。

子供だった私は、無邪気にも冬休みの絵日記に
オオサンショウウオ鍋のことを書いてしまいました。
すると先生から通達が来たのです。
「オオサンショウウオは食べてはいけません」
オオサンショウウオ鍋は
それから間もなく消えてしまい、
タラや鶏などが鍋の具になりました。
大人になって、
オオサンショウウオは天然記念物であることを知りました。
祖父の名誉のために申しますが、
天然記念物であることを知っていて
鍋にしたわけではありません。
ただ、祖父は食に関しては
かなりのパイオニアだったのです。

寒くなり鍋の恋しい季節になると、
じいちゃんのあの鍋の味を思い出すのです。
「じいちゃんの鍋、旨かったよ! 」

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2002-12-27-FRI

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