MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

最初のビデオ・デッキはベータ方式、
だからテープもベータであった。
ところが世の中の流れがVHSに移行したので、
VHSテープになった。
その後、8mmビデオがずいぶんコンパクトなので
8mmテープにした。
またまた驚いたことに、もはやテープより
DVDの時代ですよ、なんてことになってしまった。
そうですか、
ということで古いテープをDVDに
ダビングをしていると、懐かしい番組が出てきた。
テレビ東京系で放送していた
「こんにちわーど」という番組である。
そのおしまいのテロップに、
Iさんの名前が出てきた。
そこで今回、あの忘れられないAD

「すごいなぁ、Iさん」

ずいぶん前のことになってしまったが、
情報番組のレポーターをやっていた。
番組のほとんどが外ロケ、これは実に大変で、
思わぬトラブルやジャマが入ったりする。
そんな時に、ディレクターの指示を受けて
活躍するのがAD、
アシスタント・ディレクターという人物である。
ADを主人公にしたドラマがあったくらいだから、
かなり一般的に知られる存在になったが、
この仕事はかなり大変である。
さて、この番組にもIという
アシスタント・ディレクターがいた。
Iさん、25才くらいの女性で、
明るく一生懸命な仕事ぶりであった。

ある日、我々は渋谷でロケをすることになった。
カメラを三脚にセットして
いよいよ収録開始となった時、
我々のすぐ後ろにいた数人のグループが
なにやら騒がしい。
どうやら外国人グループのようで、
陽気な笑い声も混じっている。
「おい、I、ちょっとあの人たちうるさ過ぎるなぁ。
 お前なんとかしてこい」
ディレクターの指示が飛んだ。
ADにとって、
ディレクターの指示くらい絶対のものはない。
だが相手は外国人、やはり日本語は通じないだろう。
まずは英語で話しかけるしかない、
などと思いつつIさんの行動を見つめていた。
「はいっ、ではちょっと言ってきま〜す」
元気に走りだしたIさん、
外国人グループに入っていって、
「ヘイヘイ、シー」
おおらかで悪気ない態度というものは大したもの、
外国人たちは口々に「シー、シー、」などと
Iさんをマネながら静かになってくれた。

ロケは順調に進み、
今度はとあるデパートのショー・ウインドウの前での
収録が始まった。
すると、またしても別の外国人たちが
ショー・ウインドウの前に
へばりついているではないか。
「おい、I、あの人たち、ちょっとどいてもらってこい」
これまた大変な仕事だ、
こちらが無理をお願いする立場にある。
それを英語で伝えるにはどうすれば? 
頭の中で英語のセンテンスをあれこれ反問しつつ、
Iさんの動向を見守った。
Iさんの、やけに明るい声が聞こえてきた。
「ヘ〜イ、シッシ、シッシ」
明確な使命に燃えた人間の行為は
岩をも砕くのであろうか、
ウィンドウ・ショッピングを楽しんでいたはずの
グループは、文句ひとつ言わず移動を始めた。
海外旅行は楽しい。
だけど言葉が通じないと困ることもある。
例えばアメリカでバスに乗り、
目的のバス停で「私はここで降ります」と
運転手さんに伝えたい場合、
どう言えば良いか?
その時は、「揚げ豆腐」と言えばOK! 
つまり、
 「揚げ豆腐」
=「あげとうふ」
=「アイ ゲット オフ」
=「I get off(降りま〜す)」
となり、
見事な英語となって運転手さんに
伝わるということなのだ。

さぁこれを教わったAさん(63才の女性)、
なるほどと感心しつつロサンゼルスを
バスで巡ることにした。
目的のバス停が来たら、
「揚げ豆腐! 」なんと簡単なんでしょう、
窓に流れるロサンゼルスの風景を
ウキウキと見とれていた。
そのうち、どうしたことか
「揚げ豆腐! 」という
キィ・ワードを忘れてしまった。
「あれっ、降りる時は何て言うんだっけ。
 たしか、そんなに難しくなかったはずだけど。
 そうそう、 食べ物、それも日本の代表的な・・・、
 えぇ〜っ と、そうだ!
 豆腐だぁ、豆腐とくれば」
いよいよ目的のバス停が近付いてきた。
Aさんは大声で叫んだ。
「冷ややっこ! 」あわれAさんはグルグルと終わりなき
ロサンゼルスのバス・ツアーとなったと思いきや、
見事バスはブレーキ音も軽やかに停車したのであった。
つまり、
 「冷ややっこ」
=「ひややっこ」
=「ヒヤー・ヤッコー」
=「Here i go(ここで私は出ま〜す)」
となったそうな。
(このAさんのエピソードは、
 かつて桂文珍師匠のお噺に出てきたもので、
 よって真偽のほどは確かではない)
さてアシスタント・ディレクターのIさん、
その後も様々なエピソードを残し、
今では立派なディレクターになられたそうな。
めでたしめでたし。

2002-12-19-THU
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