MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

仕事柄、旅ばかりしている。
となるとあちらこちらのホテルに泊まることになる。
旅先での一夜、そこにはなにかドラマが起きそうな・・・。
なんてことはまるでないのだが、
色々あったあのホテルこのホテル、さて今回は、


「ホテル」



ある仕事でモロッコに行った。
あちこち泊まり歩いたが、
どこもただ寝るだけの粗末なホテルばかりを選んだ。
砂漠近くのホテルは、
ほとんど野宿と変わらないようなもの、
寝袋の上にひさしがあるだけであった。
でも、満天の星がすぐ目の前にあるように輝いていて、
「五つ星ホテルなんて、目じゃないなぁ」
などと思ったりした。

旅の最終地は、カサブランカであった。
これまでのホテルとはまるで違う、
ちょっと豪華なホテルに
泊まってみようということになった。
カサブランカは、ヨーロッパの人々が
寒い冬に暖かさを求めてやってくる地でもある。
贅を尽くしたホテルも多い。
城壁に囲まれたホテルの敷地に入ると、
そこは今まで目にしたことのない別世界であった。
広大な庭園のあちこちに噴水が点在している
(砂漠の国モロッコでは、水はやはり貴重なもの。
 噴水はまさに贅沢の象徴なのだ)。
しかも、その噴水がただの噴水ではなかった。
噴水の中央から大きく吹き出している水柱は
オイルのようなものが混ぜられていて、
オレンジ色の炎となってあたりを照らしているのである。
幻想的な光に照らされて、
エントランスまでの長く広い道を行く。
左手に、蒼い水をたたえたプールが見える。
オレンジの炎とのコントラストが、
この世のものとは思えない程に美しい。
あまりの光景にふぬけてしまい、
気付くと部屋に案内されていた。

5、6人は眠れそうなベッドに驚いている場合ではない、
問題はお風呂なのであった。
浴槽メーカーのショー・ルームかい?
などとボケてみるしかないようなところ、
それがバス・ルームだという。
浴槽自体は普通のサイズ、
しかし様々な形の浴槽が7、8個、ズラリと並んでいる。
その全ての浴槽に湯がはられ、香りも色も違っているのだ。
「どれでもお好みのお風呂に入っていただきます。
 それぞれに違う効能があります」
タキシードを着こなしたおじさんが言う。
しかもそのおじさんは桶のようなものを持ち、
熱ければ水、冷たければお湯を汲んできて
浴槽に入れてくれるのだ。
つまり私が風呂に入っている間、
ずっと世話をしてくれるおじさんだった・・・。

こういうホテルに泊まり慣れている人は、
この様なサービスにも慌てず騒がず、
堂々として前も隠さず、あちこちの浴槽を
ザブンザブンと渡りあるいたりするのであろう。
ところが悲しいかなそんな暮らしとは
トンと無縁の私である、どうにもこうにも落ち着かない。
チャポンと浸かって、前を隠すように前屈みになって
ペタペタと湯舟を移動してみる、
みっともないやら恥ずかしいやら。
おじさんはただニッコリと笑みをたたえ、
桶を持って立っている。

タオルで拭いてもらい部屋に戻ると、
今度は若いにいちゃんが立っている。
やはりタキシードだ。
「なにか飲みものはいかがでしょう」
このおにいちゃんはルーム・サービス係である。
24時間!
いつでも何でも、すぐさま運んできてくれるのであった。

庭園には、いつの間にかドレスの美女
(本当は美女ばかりのハズはない。
 しかし、庭園と噴水と蒼いプールが、
 すべての女性を美女に見せてしまうのだ)
たちがシャンパン、カクテルを手にしている。
その嬌声が星空に響いている。
着替えてウシシと庭園に降り、さっそくシャンパン
(あやうく、とりあえずビールなどと
 言いそうになった自分が哀れであった)を
片手に美女の群に入りこんだのだが、話が弾むわけもない。
なんだか酔ったような酔わないような。
仕方なく部屋に戻りベッドにもぐり込んだ。
これまでのホテルの様々な部屋を思い出しつつ、
深い眠りに落ちた。
ホテルの豪華さのせいか、
見た夢だけは甘くゴージャスであった。

2002-11-17-SUN
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