MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

食欲の秋がやってきた。
あれこれ美味しい季節になってきて、
かすかに残る味の記憶が甦る今日この頃、


「腹いっぱい!」


青森の某ホテルのディナー・ショーの打ち上げで、
居酒屋に行きあれこれいただいた。
メニューに「ウニ盛り」というものを発見し注文、
どうせ大した量ではないだろうなんて思ったら大間違い、
大皿からはみ出るように盛られて出てきた。
まさにゼータクの極みだが、
なぜかその量に圧倒されて箸がすすまない。
ホンの少しだけをありがたくいただく、
その方がウニの甘みをしみじみ美味いと感じられる。
貧乏性で、ゼータクなどは
まるで身に付かない性分なのだろうか。

ずいぶん以前に南米のチリに行ったことがある。
首都サンチャゴでのテレビ出演があったのだ。
招いてくれたチリ人エージェントが言う。
「チリは海産物が多くとれる。
 日本人の好きなウニなんていくらでもとれる。
 チリ人は食べないからタダみたいに安いよ。
 いくらでもどうぞ」
出てきたのは、大きなボウルの「ウニ丼」。
これにレモンを搾ってさぁどうぞ、というわけだ。
ところがこの「ウニ丼」、
ごはんというものが一粒だって入ってない。
どんぶり一杯、いつまでもウニなのだ。
スプーンでひたすら食べる。
少しずつありがたく、なんて言ってる場合ではない、
しゃにむにかきこむ。
ウニで腹いっぱいにするのだ。
ほとんど悪夢に近いとはいえ、
好きなものを腹いっぱい、という夢が叶ったのだ。
チリ人エージェントのおじさんが、
とても嬉しそうに言う。
「日本から呼んだタレントは、
 ぜんぶこのウニ丼を食べたよ。
 みんな喜んでた。
 日本人は本当にウニが好きなんだね。
 あんまり日本人がウニを食べるもんだから、
 この辺の海岸にゴロゴロしてるウニが、
 日本人を見ると逃げるらしいよ」
誰だ、ジョークになるほど最初に食べた
「日本人タレント」っていうのは。

台湾に行った。
これまた海産物が安くて美味い。
壁一面の大きな水槽に、タイやヒラメが舞っている。
なかでも目をひくのが、高級食材である伊勢エビ、
まるで水族館で
生態を観察しているような気分になってしまう。
水槽の底でジッとしているのがいれば、
意外と早い動きで泳ぎ廻っているのもいる。
ウェイターさんがやってきて、
「どのエビ、食べる? 」
このシーフード・レストランでは、
客が水槽の中から食べたいものを指名するらしい。
ちょうど水槽の前面にやってきた
大ぶりの伊勢エビを指差した。
テーブルに戻って待つことしばし、
美味そうに茹であがった伊勢エビが運ばれてきた。
「あなたの選んだエビ、間違いない? 」
そう言われてもなぁ。
なにか特徴のあるエビを選んだ訳でなし、
大きめだったくらいの記憶しかない。
しかも、茹でられてすっかり赤くなってしまっている。
「そうねぇ、たぶん」
力なく答えるしかない。
手づかみでモグモグといただいた。
薄く塩味がついていて茹でたての伊勢エビ、
不味いわけがない。
「次、どれにする? 」
なんと伊勢エビは食べ放題だったのだ。
このレストランを訪れる日本人観光客は
「茹で」「刺身」「てんぷら」等、
あれこれ伊勢エビを食べつくすという。
それじゃ伊勢エビのわんこそば状態だよ。
そのうち日本人が水槽に近付くと、
伊勢エビがあわてて逃げ出したりして。

まだ日本がバブル真っ盛りの頃、
「100万円会席」という企画があった。
一人前100万円という料金で、
ありとあらゆる高級食材を贅沢に食しましょう、
というもの。
こんな企画が通り、また参加する人も大勢いたのだから、
いやはやバブルというものは恐ろしい。
キャビアやフォアグラ、大トロやアワビ、
フカヒレに海ツバメの巣などに混じって、
大皿にド〜ンと山盛りになっていたのは、
松茸でありました。
この松茸を備長炭で焼いていただくという、
しかも一人当たり10本!
立派な松茸、国産松茸を10本!
これがメイン・イベントでありました。
なのに味は覚えてない、もったいないなぁ。

まだ祖父が健在の頃、一緒に山に登り、
採れた松茸を小さな七輪で焼いて食べたものです。
松茸を一本、湯のみの酒が一杯、
そんなペースでゆったりと呑む祖父、
実に幸せそうでした。
子供だった私には、
残念なことに酒はもちろん
松茸の味もさっぱり分からなかった。
時が過ぎて、山の頂の風景は
祖父とともにどこか遠くに消えてしまった。
人が行くとどこかへ逃げてしまうのか、
あんなに採れた松茸も今では姿を消してしまった。

2002-10-11-FRI

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