MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

当たり前の話ではあるが、
マジシャンも時として体調不良となる。
怪我、肉離れ、そんなこともありながら
なんとかこなしてきた。
風邪をひいたら薬を飲んで・・・の今回、


「あぶないクスリ」


鼻水が出る、身体がだるい。
もう間違いなく風邪の症状である。
このところの暑さに、
冷房を入れっぱなしにして寝たからだろうか。
風邪薬を飲み、ぐうぐう眠ってしまいたいのだが、
そうもいかない。
今日は「テーブル・マジックの王様たち」という
テレビ番組の収録日なのだ。
テーブル・マジック、
目の前で見せるマジックのことを言う和製英語である。
英語ではクロース・アップ・マジックという。
おもにトランプ(これも誤った用法で、
英語ではカードと言う)やコインなどを用いて見せる。
観客に選ばせたカードを当てたり、
すでに予言していたりする。
コインが観客の手の中で増えたり消えたり、
いつの間にかマジシャンのポケットに移動していたりする。
ステージで見せる大掛りな仕掛けを使った
イリュージョン・マジックも驚くのだが、
目の前で起きる奇跡のような不思議は、
しっかり見ているはずの自分の目を
疑わずにはいられなくなってしまう。

クロース・アップ・マジックの不思議さに魅了されて、
一生懸命にマスターしようとしている人は数多い。
ただ、人が消えたり浮いたりする
ステージ・マジックの分かりやすい現象に比べると、
かなり複雑な場合が多いのだ。
最初に引いて覚えたトランプはハートのA、
しっかり両手のひらの間に隠し持っている。
なのにマジシャンは自信たっぷりの表情で、
「あなたの選んだカードは、スペードの3ですね」
もちろんこれはフェイント、動揺したフリをしつつ、
「あっはっは、本当はハートのAでしょ。
 でもハートのAはホラ、ここですよ」
などと言い、ポケットからハートのAを出す。
す、すると手の中のカードが
スペードの3に変化している! 
ほら、不思議なんだけどややこしいでしょ。
しかもマジシャンが外国人で通訳を介してとなると、
少しでも気を抜くとさっぱり分からなくなる。
そんなマジックの収録が延々と続いたのであった。
我々の役目は司会としてマジシャンの紹介と進行、
時には観客にもなってトランプを引き、
コインを数えたりしなければならない。

風邪をひいてしまった。
収録の朝、鼻水が出るので薬を飲んだ。
効果抜群の効き目で、鼻水はピタリと止まった。
その代わり、もう烈な睡魔が襲ってきた。
あの懐かしい初代天功先生が
100人掛かりで催眠術をかけて
(その昔、初代天功先生は催眠術でも名を馳せたのだ)
きたような、それはそれは圧倒的な睡魔。
立っていたとしてもガックリと崩れ落ちてしまうような、
目を開けていても意識は遠のいているような。
しかしさすがにテレビ収録の場、
ステージ衣装に着替えスポットを浴び、
観客の拍手を聞くと気分がシャキッと・・・のハズだった。

スタジオにテーブルがセットされている。
半円形のテーブル・マジック用に作られたテーブル、
我々の座る椅子もセットされている。
悪いことは重なるもの、今日の収録に限って
珍しく座ったままの収録なのだ。
眠気はなくなるどころか、増す一方。
観客の拍手までも夢の中で聞いているように虚ろだ。
立ったままでも眠ってしまいそうなのに、
フカフカと座り心地の良い椅子。
案の上、座った直後から
身体が勝手に眠り始めたかのようだ。
まずい、まずいぞ。

「テーブル・マジックの王様たち」の収録が始まった。
今日は6人のマジシャンたちが、
次々とその信じられない妙技を披露してくれるのだ。
「さて最初の王様はアメリカから、
 ミスター○○さんです!」
カード・マジックの名人である。
洪水のようなトーク(当然ながら英語である)が、
まるで音楽のように聞こえる。
まずい、その声すらも遠くになっていく。
2人目、3人目、なんとか収録が過ぎていく。
4人目はカナダのマジシャンであった。
ハッと気付くとトランプを1枚引かされていた。
「ハ〜イ、コイ〜シ、アナタァノ、トランプ、
 ダイヤ ノ ハチ! 」
「・・・ ・・・ ・・・」
トランプを持ったまま、目をあけたまま、
僕は深い眠りに落ちていた。
「私が3、2、1というと、
 あなたはスッキリと目を覚まします。
 3、2、1、ハイッ! 」
といってくれる天功先生もいなかった。

収録がすべて終了した。
マジシャンの名前をアナウンスしているのだが、
なんて言っているのか自分でも分からない。
意味もなく笑っている、テーブルに頭をゴチンしている、
そしてトランプを見つめたまま数秒間眠っている。
それでも、ちゃんと放送されたことに
感謝の言葉もありません。

2002-08-25-SUN

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