MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

「闘牛」を見たことはありますか?
ずいぶん前になりますが見たんですよ、スペインで。
いやぁ、驚いたのなんの。そこで今回のお題、


「闘牛と座布団とステーキ」


ギラギラという音が聞こえそうな陽射しの中、
コロシアムの入り口へと長い列が続いている。
マドリッドを訪れた我々は、
本場の「闘牛」を見ようということになり、
汗をふきふきゾロゾロ行進となった。
ツアーに参加した人々の全てが、
初めて見る闘牛であった。

やっと辿りついた入り口で、
ガイドさんから座布団が支給された。
地元の観客には必要のないものだが、
慣れない観光客には石のベンチは固すぎて
長時間座っていられないからであった。
むろん、一枚1000円を払わねばならない。
ずいぶんと高い貸し座布団だが、観光地値段というわけだ。
案内された席は上から4段目、下から8段目くらいだった。
陽射しは変わらず照りつけているが、
石のベンチは意外とヒンヤリとしている。
周りはほとんどの人々が現地の人のように見える。
観光客、日本人は我々だけのようだ。
座布団を敷いているのも我々だけであった。

隣のおじさんが、
「あんたたちは日本人かい?
 闘牛を見るのは初めてなんだろうけど、
 面白いし興奮するぜ。
 特に今日はすごいマタドールが出てくるから、
 あんたたちは実にラッキーだよ、あっはっは」
などと、陽気に話しかけてくる。
実はスペイン語などサッパリ解らないので、
たぶんそんなことを言っているんだろうなぁ、
という想像なのだが。
おじさんは通じてるのかいないのか、
そんなことはかまわずしゃべり続けている。
なんのことはない、おじさんはすでに興奮しているのだ。
おじさんだけではない、
コロシアム全体が興奮を押さえきれない人々で
埋め尽くされているのだ。
座布団グループは周りの雰囲気に
少しずつ影響されてはいるものの、
やはりラテン系の人々の熱さからすれば表面温度0だ。
コロシアムの我々の一列だけは、
水面をじぃっと見つめている釣り人のようであった。
「いやぁテレビなんかでは見てましたが、
 さすが本場は大したもんですなぁ」
「まったくですなぁ」
などという会話が聞こえてくる。
少しずつ周りの熱気が日本人にも伝わってきたようだ。

闘牛は突然に始まった。
ファンファーレとともに、
勢い良く一頭の黒い牛がグラウンドに走り出てきた。
その瞬間、コロシアムが揺れたように思えた。
ラテンの人々の皮膚から気化した可燃性エネルギーが
爆発したのだ。
我々も思わず身を乗り出した。
牛の首の後ろあたりに、
太い針のようなものが刺さっている。
後で知ったことだが、
痛点に刺して牛を怒らせるものだった。
馬に乗った男が、長いヤリで牛を突く。
その度に黒い皮膚を血が赤く流れる。
しばらく刺し続けて男が去る。
入れ変わって数人の男たちが現れ、剣で突き始めた。
追い掛けられるとすぐに安全な塀の中に逃げ込む。
すると別な男が剣を突きたてる。
牛は戸惑ったように立ちすくんでいる。
男たちが去り、一人のマタドールが紅い布で牛を挑発する。
怒りを思い出したかのように、牛は布めがけて突進する。
テレビなどで見るお馴染みのシーンだ。

しかし、皮膚を伝いコロシアムの白い砂にしたたる血は、
強い陽射しに反射してあまりにも生々しい。
テレビでは決して伝わってこない光景であった。
周りの観客は立ち上がらんばかりに興奮している中で、
僕は突然、なんだか悲しくなってきた。
もう一人が入れ変わって、巧妙に逃げては剣を突く。
牛は方向感覚を失ったようにむやみに突進を繰り返す。
牛はダラダラと流血し、観客の興奮は更に増していく。
そして、最後のマタドールが現れた。
牛は息も絶え絶えになり、
弱々しい動きで紅い布を追おうとする。
だがその度に突かれて牛が動きを止めた。

その瞬間、マタドールが頭上にかざした剣を
牛の首に深々と突き刺した。
口から大量の血が流れ、牛は崩れ落ちた。
観客は歓喜し、マタドールは誇らしげに手を掲げる。
「なぶり殺し」という言葉が何度も心に浮かぶ。
牛は別に人間を襲ったわけではない、
痛みに耐えかねていたのだ。
なのに追われ、突かれ、刺されて絶命した。

隣のおじさんが、
「どうだい、すごいだろう。
 お前らももっと盛り上がれよ」
とでも言うように僕の肩を叩いた。
あいまいに笑い返したものの内心では、
「無益な殺生は止めてほしい」
ふと我に帰って同行の人たちを見ると、
日本人の座っている一列だけが
突然の通夜状態なのであった。
皆、僕と同じ心境だったのだ。

一日に6頭の牛が殺され、闘牛ショーは幕を閉じた。
絶命した牛が、馬に引かれて退場する。
砂に紅い血の道が残った。
打ちひしがれた日本人は無言のままコロシアムを出て、
夕食を予約していたレストランへと移動した。
そこで待ちうけていたのは、
先ほどマタドールがしとめたという牛ステーキ
(かの地では付加価値の高い肉だという)であった。
誰ひとり口にする者はいなかった。
手を合わせて拝んでいる人さえいた。
僕らはしばらくの間、にわかベジタリアンになった。

来日した外国人の多くは、
「お造り」の刺身を見て仰天する。
まだヒクヒクしているお頭を見て、
かなりビビってしまう。
異文化の相互理解は、はなはだ難しい。

2002-08-13-TUE

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