MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

先輩の知恵は偉大である。
たとえそれが実に下らない、
とるに足らないことであっても、迷える者にとっ
ては頼もしくも明るい光明となる。
先輩、本当にありがとうの今回、、


「天丼とカンニング」


大学生のころ、尊敬する先輩がいた。
たった1年上級だったけど、
年令は5才くらい離れていたように記憶している。
暮らしぶりは質素なのに、
先輩はどことなく優雅な雰囲気を漂わせていた。
僕らはほとんど毎日顔を会わせ、
本当に真顔で人生を語っていた(ように思う)。

先輩は年令以上に大人びていて、
老成しているといえるほど落ち着いていた。
しかし二人の女性を同時に愛し愛されていて、
どちらか一人と結婚すれば
残るもう一人が不幸になってしまうことに
思い悩んでもいた。
「小石くん、人生はいつも
 辛い選択をしいられることばかりだよ」
僕にはそれが辛いことなのか嬉しいことなのか、
さっぱり分からなかった。

「毎日、寮のめしも味気ないよね。
 小石くん、今宵はそばなんかどうだろう」
普段仲間たちと
外食(そんな贅沢はめったになかったけど)するといえば、
ハンバーグとかスパゲティとか洋ものが多かった。
そばはやはり大人の食べものだったのだ。
ふたつ返事で先輩について行った。
「今日は腹ペコだよ。
 悩めるものよ、まず空腹を満たせ、ということだ」
いつも先輩の話はよく分からない。
「小石くん、天丼も食いたい、そばも食いたい。
 しかし天丼が700円でかけそばが400円、
 合計1,100円だよ、高いねぇ。
 だけどさ、この間フト思いついたんだよ。
 このふたつをたった850円でいただいてしまう、
 すごいアイデアをさ」
またまたわけの分からない話ではないか。
僕は一瞬だけ先輩に同行したことを悔やんだが、
すぐに気をとり直して告げた。
「先輩、僕も今日は少しお金持ってます。
 大丈夫、ちゃんと払いますよ」
先輩はにっこりとして、
「あはは、別に食い逃げするわけじゃないから
 心配しないで。まぁまかせなよ」
そうして、
「すいませ〜ん、天ぷらそばふたつと、
 ごはんふたつ、お願いね」
天ぷらそば? ごはん?
天丼とそばを食べるんじゃないの?
僕の困惑をよそに、
いつものように先輩は新聞記事の解説を始めた。

やがて天ぷらそばとごはんが運ばれ、
「よ〜しよし、さぁ小石くん、よく見てなよ。
 今ここにあるのは天ぷらそばとごはんだ。
 ところが・・・」
先輩はいきなり天ぷらそばの天ぷらを、
ホカホカとゆげをたてているごはんの上に
乗っけたではないか!
「ほらご覧よ、こうすれば
 たちまち天丼の出来上がりってもんだ。」
う〜ん、なるほど見た目は天丼そのもの。
ごはんに沁みていくつゆがキラキラと美味しそうだ。
「しかもだよ、そばの方も天かすとあぶらで
 旨そうだろ? 」
嬉しそうに話す先輩の背後に、
見てはいけないものを見てしまったような表情の
そば屋のおじさんが立ちつくしていた。
天丼(のようなもの)とそばは夢のように旨く、
じんわりと腹に満ちた。

先輩は成績優秀だった。
しかし、あまり学校に通っているようではなかったし、
勉強している姿など見たこともなかった。
なのに試験だけはスイスイと片付けてしまって
好成績であるという。
「この間の試験、なんせ久しぶりに学校に行ったからさ、
 土地カンが鈍って教室がわからない。
 しかも、やっと見つけて座ってまわりを見ても、
 知ってるやつがいない。
 妙だなぁ、なんて思いつつ教授の登場を待ってた。
 ところが教授を見ても、
 あれっこんな教授だったかなぁ、なんてものでさ。
 それほど授業に出てなかったんだねぇ」
そんな状態でも単位が取得できるとは。
きっと先輩の脳ミソの出来は、我々凡人とは違うのだろう。
でも、ちょっとはその秘訣を知りたいものだ。
「やはり一夜漬けなんかするんですか?」
先輩はまたまたあははと笑いつつ、
「あのねぇ小石くん、実はさ、カンニングなんだよ。
 しかもさ、机に答えをそのまま書いておいて、
 それを見るんだよ」
それではモロバレでないの?
またまたわけが分からない。

すると先輩が
ノートを開いて説明してくれたカンニングとは、
「まず答えを机のあちこちに細かい字で答えを書く。
 その周りに、思いっ切りワイセツな文章でも絵でもいい、
 書いておくだけだよ。
 担当教授が近付いてきて机の上を見たりしたら、
 そいつの顔を見てニヤニヤしてやる。
 すると皆、プイとして去っていくもんさ」
実際にノートに描いてくれた絵のワイセツなこと!
エライ先生であればあるほど、
シゲシゲと見つめるわけにはいかないだろう。
人間の心理を読んだ、堂々たるカンニング術に違いない。

こうして先輩は様々な人生の楽しみを教えてくれて、
去っていった。
天丼を食べる度に、教室の机の文字を見る度に、
先輩を懐かしく思った。
そして、あの二人の女性との問題の鮮やかな解決を
願わずにいられなかった。

2002-07-10-WED

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