MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

誰に聞いた話だったか、
女の赤ちゃんが生まれる直前に神様が、
「さぁ、行っといで」
とやさしく足首をつかんで送り出してくれた子は、
ほっそりとした足首の美しい女性になるという。
「さっさと行きなさい」
などと送り出されると・・・。
まったく世の中いろいろ大変な今日この頃、題して


「金のシルク・ハット」


ゴールデン・ウィークの期間中、ラスベガスのマジシャン、
ランス・バートンが来日公演をした。
モンテカルロ・ホテルと13年、
130億円という契約を結び、
自らの名を冠した劇場で
ロング・ランを続けているマジシャンである。
ランス・バートンは、もう20年以上も前になるが
日本で「花王名人劇場」という番組にゲスト出演している。
この番組のホストは我々ナポレオンズで、
それ以来互いに深い友情を持ち続けている。
我々にとっても、ランス・バートンの成功は
嬉しいニュースであった。
中野サンプラザでの公演は、
前回の東京フォーラムよりも
数段魅力的なステージになっていて、
楽しい嬉しいひとときとなった。
ランス・バートンの手のひらから
トランプ、カードが次々と沸き出てくる。
そのマジックを見ながら、
幸福なマジシャンを見る幸福に酔っていた。

カードを操るマジシャンは、
プロ・アマ併せると何万といるのではないだろうか。
その中には、ランスを凌ぐテクニックの持ち主だって
少なくはない。
なのに、目の前で
多くの観客の称賛を集めているマジシャンは
ランス・バートンその人なのだ。

ランス・バートンが
ショー・ビジネス界の注目を集めたのは、
世界マジック・コンテストでのグランプリ受賞である。
スイスのローザンヌで開催された
世界最大のコンテストでの前評判では、
ランス・バートンは多くの参加者のひとりでしかなかった。
やはりアメリカから参加していた別のマジシャンが
優勝候補の筆頭であり、
次代のショー・ビジネス界で活躍するであろうと
目されていた。
ところが審査員も観客も、
ランス・バートンのハト出しの演技に
すっかり魅了されてしまったのである。
当時のマジック界は
旧来のクラシカルなマジシャン・スタイルが
敬遠されていて、
ジーンズにTシャツなどで演じたりするのが
もてはやされていた。
故にえんび服でハトを出すという、
まさに伝統的なランス・バートンのマジック・スタイルは
高い評価を受けないであろうと思われていたのである。
コンテスト開催がクラシカルなスタイルを好む
ヨーロッパであったことなど、いくつかの要因が味方して、
ランス・バートンはいきなり頂点に立ってしまった。
それはやはり、彼の運なのであろう。
マジックの神様(女神?)は、
ランス・バートンを心から愛したのだ。
その後ラスベガスのとあるショーの
ゲスト・マジシャンとなり、
少しずつメイン・スターへの階段を昇り続けた
ランス・バートン。

そしてついにモンテカルロ・ホテルの
専用の劇場を与えられ満員の観客に迎えられるという、
マジシャンとして最高の地位と幸福を得たのである。

中野サンプラザでのショーが終わり、
ランスが楽屋口から出てきた。
「ヤキトーリ、ヤキトーリ」
という彼のリクエストで、
年収10億円のマジシャンと
新宿のやきとり屋で飲むことになった。
20年前の日本での思い出を楽しそうに話す
ランスの横顔を見ていて、ある寓話を思い出していた。

男が池にオノを落としてしまう。
困っていると池から神様が金と銀のオノを持って現れる。
「お前の落としたオノは、金のオノ?
 それとも銀の方? 」
正直者の男は、
「いいえ、私のは鉄のオノです」
神様は、この正直な男に
金、銀のオノを与えて下さいました。

ランス・バートンにも、不遇の時代があったに違いない。
しかし彼は愚直に、
マジックだけに情熱を注いで生きてきたような男、
神様もちゃんと見ていて下さったのだ。

「お前に必要なのはこの金のシルク・ハットか? 
 それとも銀のシルク・ハット? 」

そう問われて、

「いいえ、私に必要なのはマジック用の
 黒いシルク・ハットです」

ランス・バートンなら、きっとそう答えそうな・・・。

2002-05-16-THU
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