MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

なぜだろう?
ある日、急に彼らのことを思い出してしまった。
もうすいぶん昔のことで
他の記憶など薄れてしまっているのに、
彼らのことは細かくしっかりと憶えている。

「お〜い、みんなどうしてる?」

小学校からの帰り道、
草むらに小さな声で鳴いている小猫がいた。
茶トラの小さな猫、僕を見つけてヨタヨタと近づいてくる。
しゃがみこんでなでてやると、鳴き声が急に大きくなった。
結局、抱いて家に帰った。
意外と父も母も怒らず、
小猫はめでたく我が家の飼い猫となった。
猫の皮膚にはダニがいて、お湯でしっかりと洗ってやった。
牛乳をたくさん飲んで、しっかり成長してくれた。
父のオートバイのサドルに乗っているのを写真に撮った。
コタツの中で丸くなって眠っている。
僕が臭〜いプゥをする。
すると、コタツから顔だけ出して深呼吸する。
愛しくてならない。
夜中に、僕の枕元でニャァと鳴く。
どんなに熟睡していてもフトンをめくって中に入れる。
ゴロゴロと喉を鳴らし、冷たかった体がすぐに暖かくなる。

「これ、お宅の猫だよねぇ」
近所のおばさんが、
もう固くなってしまった猫を持ってきた。
「たぶん、車にハネられたんだよ、可哀想に」
少しだけ血が付いていたけど、きれいなままだった。
泣いている僕の背中に、
「猫が死んだくらいで泣くんじゃないよ」
姉の声が聞こえた。

インコを飼った。
学生寮からアパートに引っ越して
念願の一人暮らしになったものの、やはり寂しかった。
そんな時、友人の飼っていた手乗りインコが妙に可愛くて、
ペット・ショップに走ってしまった。
まだ羽が生えそろってない小さなインコなのに、
体の半分くらいのエサを食べてしまう。
驚きあきれてしまった。
「ナムナム」などと変な名前をつけたせいか、
手乗りというほど慣れもせず、
あまりしゃべらない無口なインコに育ってしまった。
しかし、それはまぁそれで可愛いペットになった。

ある日帰ってみると、
「ナムナム」は鳥カゴの底で動かなくなっていた。
インコは止まり木で羽繕いをしているか、
カゴの網をあっちこっち、
くちばしを器用に使って歩き廻る。
ドアを開けてカラの鳥カゴを見た瞬間、
なにがあったのかを覚悟するしかなかった。
後年、アメリカのマジシャンが
インコを使った素敵なマジックを教えてくれた。
やってみたかったけど、
鳥カゴの底の「ナムナム」が思い出されて駄目だった。

大学が夏休みになって家に帰ると、
庭に見慣れない犬がいた。
姉が飼っていたのだが、突然連れてきて
そのまま置き去りにしたのだという。
長く白い毛に覆われていて、
寝そべっている姿は本当にモップのようだった。
始めは小さい体で精いっぱいうなっていたのに、
魚肉ソーセージにつられてすぐになついた。
散歩も僕の役目になり、川岸を嬉しそうに走り廻った。

大学に戻る前日、あいつは庭にいた。
眠っているのかと思うくらい、
いつもの場所に寝そべっていた。
名前を呼んでも、応えはしなかった。
あいつにとって最後の夏休みは楽しいものだった、
本当にそう思いたかった。

マジシャンの使うハトは、
ほとんどが銀バトという種類だ。
マジシャンにとっては単にペットという存在ではなく、
貴重なアシスタントなのだ。
ステージでいつも使うハトを3羽飼っていたが、
ちゃんと3羽を見分けることができた。
とてもおとなしくてほとんどはばたかない、
扱いやすいがどうにも地味なハト1号、
やや喉の調子が悪く、
ハンカチから出てくるとゼ〜ゼ〜するハト2号、
ハト3号は指を差し出すと
乗るどころかプイと横を向くので、いつも補欠だった。
熱海のとあるホテルに、長期の仕事が入った。
毎晩8時と10時、30分程度の出番で、
朝も昼も温泉三昧という悪くない仕事だった。
ある夜いつものようにステージに立ち、
棒の出すハト2号を受け取ろうとした。だが、
「すまん、ちょっと・・・」
と言い残して、相棒はステージを去ってしまった。
ハンカチから現れてはばたくはずのハト2号が
グッタリとなっていて、もうはばたかなかったのだ。
マジック・ショーは
突然わけの分からないトーク・ショーになったが、
別に文句をいう観客もいなかった。
部屋に戻ると、相棒がぶつぶつとハト2号につぶやき、
しきりに謝っていた。
窓の下の庭に、小さな墓を掘った。

2002-04-22-MON
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