2017-04-24

・昨日は世田谷「砧公園」で、犬猫アプリ「ドコノコ」のオフ会だった。前夜、食事に出てどしゃぶりの雨に降られながら、この屋外イベントについて不安も抱いたけれど、朝が明けたら気分のいい晴天で、うれしかったねぇ。担当の「ほぼ日」乗組員たちが、早めに現場にいたら、予定の11時より前に、どんどん集まってきていたって。代々木公園でやったときよりたくさんの犬が集まって、それでも混乱やら、諍いやら、事故やらもなく、ほんとうにほかほかと楽しい時間が過ごせた。もうね、見た目も、年齢も、種類も、性質も、実にたくさん、まことにそれぞれの犬がいるものだ。みんなかわいい、みんなかわいい、みんなかわいい。ずっとそう思いながら、その場の時間を過ごした。

・犬や猫は、じぶんから「どういうふうに生きたい」とは言わないし、仮にそういう意志を宣言したからといって、そういうふうに生きることはむつかしい。なにに似ているかと言えば、赤ん坊に似ている。赤ん坊は、大人になるにしたがって、じぶんの考えた生き方に近づいていけるけれど、犬や猫は、そういうふうには生きられない。生きる条件のわるい「外」に逃げることはできるだけだ。 また、犬や猫は、米や麦にも似ていると思う。大昔からの野生の稲や麦と、いまの米麦はもう別物だ。品種改良につぐ品種改良をくり返してきて、人の都合のいいように変えてこられた米や麦は、人とセットで生きていて、人なしでは育たないものばかりになった。実は、バナナだって、にんじんだって、そうだ。それを、そのことを不幸と感じるかどうかは、まったくそれぞれ、その人しだいなのだと思う。

犬の祖先は、オオカミとジャッカルだと聞いたけれど、いまの時代に、オオカミのように、人のいないところで「自由に」生きられるとしても、それはそれで、別の大きな困難があるだろう。だから、オオカミは絶滅が危惧されているわけだし。「人とセット」の生きものたちに、人は責任があるよな。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。人は生きものたちにとっての父の役を、引き受けなきゃな。

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