いま、気仙沼で、うれしがっています。
・気仙沼に来ています。もちろん「気仙沼おかえり寄席」があるからです。過剰に張り切っているつもりでもないのですが(笑)前日から前乗りで現地入りしてます、客席の人なのに。2011年の翌年に始まった「気仙沼さんま寄席」が、こんなふうに2026年の現在につながっているって、なんだか不思議みたいで、同時に当たり前みたいで、ほんとにうれしくなってしまいます。年月が経ったよねぇ、みんな元気でよかったねぇ、そんでもちろん年も取ったよねぇ、それぞれに。前日なのにずいぶんたくさんの人たちと会いました。コーヒーを飲んだり、ちょっと街をドライブして、 明日の本番を前にした立川志の輔さんと合流して、食事しながら、まぁ、いろいろなことを話しました。気仙沼の人、ほぼ日のメンバー、志の輔さんのスタッフ、入り混じって長い時間を過ごしたのですが、おもしろかったなぁ、しょうもない話も含めて全部ね。海の幸山の幸がおいしくて、それもうれしいんだけど、「会って話している」ということそのものがうれしい。じぶんたちの身体ごと新幹線やらクルマで運んできて、同じ場所に集まって、顔を見合わせて、口でしゃべる、耳で聞く、もぐもぐ食べもする、手を叩く、笑う、ちょっとトイレに行く、しゃべる。この具体的な(なんとも物質的な)集いが、どれだけ豊かなことなんだろうと、いまさら思うのです。毎日、なにかしらの画面を見つめながら、「AIかぁ、AIなぁ、AIだから、AIめ」とかね、重量のないことばっかり考えていたところに、この「集まって、顔を見て、話す」ができたことで、深呼吸ができたような気がしています。
いや、今日はまだ前日、明日がほんとの「寄席」です。あの市民会館でまた別の人たちと顔を合わせます。地元ではなく、遠くから来ているお馴染みさんもいます。その日ならではの立川志の輔の落語に集まるのです。さらに客席やロビーで顔を見つけて、声を掛け合います。そういえば、「寄せる席」と書いて寄席ですね。元気で顔を見せ合うのも、大きな目的かもしれません。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。子どもも育ってるけど、若者も大人も老人も育っているよな。