万葉集と シェイクスピア

ほぼ日の学校万葉集講座の第1回は、言語と時代の壁を軽々と乗り越えて、国文学と英文学が幸せな出会いをするのを受講生みんなで目撃しました。
しかも、何度も笑いながら。

冒頭、万葉集研究を専門とする上野誠さんが、古語の活用暗記みたいなものでいかに古文の授業がつまらなくなるか、古典の本質、あるいはかたる、はなす、うたうことの根源的喜びはなにか、といったことを話してくださいました。

断片的知識を覚えるのではなく、古くからある言葉を知ることで眼の前のことを整理して理解できるようになる。
それが古典を学ぶということ。
という説明のあとで、文字が確立する前は
「口だて」で伝えられた歌を耳から味わってみましょう、と、若き日、上野さん自身が万葉集のおもしろさに目覚めた歌を紹介してくださいました。

君が行く海辺の宿に霧立たば我が立ち嘆く息と知りませ

(あなたが行く海辺の宿で霧がたったならば、私が嘆く息が霧として立ち上っていると思って、私のことを思い出してください)
新羅(しらぎ)に送られた遣新羅使の夫か恋人の身を案ずる女性の歌だそうです。

「意味がわかると、体に染み渡ってきますね。
『こんな手紙もらってみたい』と思ったら、古典が身についたと考えればいいんです」と、上野さん。
柔らかい古典の学び方を教えていただいた気がします。

そして後半は、シェイクスピア講座講師、河合祥一郎さんがゲストとして加わって、恋、死、人生というテーマに沿って、それぞれシェイクスピア作品と万葉集から選んだ言葉や詩、歌で掛け合いが繰り広げられました。

上野さんが
「恋の道に狂うでないぞ」という和歌を紹介すれば、河合さんが
「シェイクスピアはむしろ『みんな恋に狂おう』と言っている」
と返したり、今とちがって死が身近だった時代、死を考えながら生きていた人々の共通性に納得したり。
洋の東西を超えて、歌を詠った知性ある人々に共通する人生哲学が浮き彫りになって、あっという間の2時間半でした。

2018/11/28 22:41

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