13年の時を経て

ほぼ日の学校シェイクスピア講座で講師をつとめてくださった演出家の木村龍之介さんは、この話をいつ切り出そうかと、ずっと考えていました。
実は、もう1人の講師である
河合祥一郎さんに、学生時代から借りっぱなしになっている本があったのです。

そのことを聞いた私たち学校チームは
「それ、最終回の授業のときにみなさんの前でお返ししましょう」
と、もちかけました。なので、予定通りにいけば、7月末の最終授業で、木村さんの胸のつかえはとれるはずでした。
ところが、受講生講師全員で
「夏の夜の夢」を演じる卒業制作が急遽決定。怒濤の準備のなかで、みんなそのことを忘れてしまいました。

そこで、彩の国さいたま芸術劇場でご自身が翻訳・演出された
「お気に召すまま」の会場にいらっしゃる河合さんに、学校チームが代わってお返ししにいくことにしたのです。

本は、現代イギリスの劇作家、アラン・エイクボーンの『ベッドルーム・ファース』とエイクボーンを特集した『現代演劇』。
ある意味、演出家としての木村龍之介さんのその後の進路を決める
「転機」となった本です。

2005年、東大の学生だった木村さんは、1回だけ河合教授の講義に出席しました。
きちんと登録していた授業でしたが、出席したのは、この1回だけ。
当然、単位はもらえていません(笑)。

その日のテーマは「夏の夜の夢」。
授業のなかで、河合さんは演出家にとって重要なのは、
「劇的な瞬間を作れるかどうか」とおっしゃったそうです。
すでに演出家になりたいと思っていた木村さんは、ノートに大きな文字でその言葉を書き取った明確な記憶があるそうです。

その後、ESSに入った木村さんは、『マクベス』を原語上演したいと思いました。
でも、古い英語で難しいし、専門家の意見を聞こう、となったそうです。
ESSの仲間と河合教授のところに相談に行きました。ところが、河合さんの返事は「君たちにやれるわけない」。
代わりに差し出されたのが上記の2冊。
「エイクボーンは、どうですか」とやさしくアドバイスしてくれた河合さんの声の調子まで木村さんははっきり覚えているそうです。

でも、できないと言われると余計にやりたくなるのが若者の常。
木村青年は、意地になりました。
東大ESSはがんばりました。
『マクベス』を原語上演し、木村さんはシェイクスピアでやっていくといっそう決意を固くし、今に至っています。

「この本を出してくださったから、自分はシェイクスピアの方が好きだとよくわかった。より強く、古典に向かうことができたんだと思います」
木村さんはそう振り返ります。
あれが、現代劇をやっていくか、古典にいくかの分岐点だったのかもしれない、とも。

その後、木村さんが主宰するシアター・カンパニーの旗揚げ公演『ハムレット』を河合さんが観に行ったり、交流は続いていたのですが、木村さんはこの本のことを切り出すきっかけをつかめないまま、13年の歳月が流れていたのでした。

そして今日。
河合さんに本をお渡ししました。
最初、「え? ぼくが誰かに貸したの?」
と、キョトンとしていた河合さん。
かくかくしかじかで、とお話すると破顔一笑。
「あー、思い出した! そんなことがあった!」

木村さん、きちんとお返ししましたよ!
肩の荷を降ろしてください。

2018/09/14 19:41

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