たまねぎアメと 森繁パンダ。 〜黒柳徹子さんのお話〜

第17回 有名になったからって、だからどうなの?
糸井 黒柳さんは、
テレビのお約束のようなものを
守りきるんじゃなくて、
テレビのお約束に対して
いつも批評的に存在してる
という気がするんです。
つまり、テレビって約束ごとで
動いてるでしょう?
黒柳 うん。
糸井 「いまおもしろいこと言いますよ」
「はい、言いました」
「うけました」
そこを黒柳さんは絶対にずらす。
黒柳 そうですね。
糸井 そのあたりのことができるのは、きっと
とんでもない歴史があるからですね。
森繁さんだって、
「テレビよりオレのほうが古い」
という気持ちがあるでしょう。
黒柳 テレビというものがはじまったとき、
わたしはNHKで養成された
テレビ女優第1号でした。
当時、五社協定というのがあって、
映画俳優は、ほとんど
テレビには出られなかったんです。
ですから、新劇の俳優さんが
ドラマには多かった。
糸井 うん。
黒柳 テレビというはじめての仕事を
全員が一緒にやったんです。
みんながはじめてです。
生放送ですから、
みんなで手をつないで、
切り抜けなきゃならない。
暗闇を進んでるようなもんですよね。
糸井 うん。
黒柳 ほんとうにもう、
同士みたいな感じじゃなければ
仕事ができなかったんです。
森繁さんも、ほんとうは大先輩なんですけども、
同等な関係でした。
糸井 テレビの中にいる人たちが
みんな、手をつないでた‥‥
黒柳 そうそう、みんなでね。
いろんな人がいましたよ、
エノケンさん、三木のり平さん、
有島一郎さん、渥美清さん。
そういう結びつきがあったし、
みんながそのことをよくわかってた。
糸井 それは、テレビの文法というより、
人間同士の歴史の話ですよね。
当然、そっちのほうが長いわけですから。
黒柳 うん。
糸井 いまさら
「テレビの文法はこうです」
と言われたって
「知らないわよ、そんなこと」
と言えますよね。
黒柳 そうですね。
ドラマで「あ、そうだ!」というとき、
わたしはいつも急に立ち上がっちゃうんです。
「そう思っても、急に立たないでください」
とか、当然言われちゃいます。
それでさんざんわかってはいるんですけど
やっぱり、「そうだ!」と思いついたときには
立ち上がりたい。
糸井 うん。
黒柳 わたしがいつまでたっても
ちゃんとやんないもんだから、
「こんなに長い経験があるのに
 もしかしてわかってないんじゃないか」
と思う人だっていたでしょう。
だけど、わたしはこんな四角い箱の中に
とらわれて一生終わるのはイヤだぜ、
と思ったので、
自分ができるように生きていこうと
決めました。
糸井 それは、そうとうな昔からそうしてきた、
ということですね。
黒柳 そうですね、56年前でしょうか。
ですから、はっきり言うと、視聴率、
あれも、こんなに気にしないで
テレビに出てる人間はいないと思います。
観客 (笑)
糸井 「徹子の部屋」で徹子さんが
芸人をつぶすと言われてる、
というネタがありますけれども。
黒柳 いやいや(笑)、
「徹子の部屋」芸人、なんて
番組できてます。でも、
「これでおもしろいだろう」と言われても、
おもしろくなきゃ
笑わなくてもいいだろうと思って。
観客 (笑)
糸井 そうそう。
いまの子たちは約束ごとで、
「礼儀として笑う」とか「だまる」とか
さんざんやってるから
黒柳さんのような、人やものに
テレビ局でぶつかったことがないんですよね。
そのことは、今日の、森繁さんの話の中に
見事に入っていたと、ぼくは思います。
黒柳 うん。
糸井 テレビがなんぼのもんか知らないけれども
おまえより、
オレがやってきたことのほうが、
人間がやってきたことのほうが、
古いんだぞ、
ということなんでしょう。
森繁さんの場合は、それはもう、
話は満州からはじまるわけだからね。
黒柳 そうですね。
糸井 戦争が変えたもの、たくさんあったんでしょう。
ぼくは、森繁さんの話をお聞きして、
作家の島尾敏雄さんのことを思いました。
黒柳 『死の棘』を書いた方ね。
糸井 吉本隆明さんがよくおっしゃるんですけど、
島尾さんは戦争中、陸軍の上官だったときに、
とても立派なふるまいをなさったそうです。
部下を先に逃がして、
それを最後まで見て
きちっと上にも始末をつけた。
戦争中に行動として実際にふるまったことが
人間としてほんとにすばらしいことで‥‥
黒柳 そうですね。
命がけですから。
糸井 そこで島尾さんの「立派の部」は終わって、
今度は『死の棘』になるんですよ。
ぼくには、島尾敏雄と森繁久彌が
まるで並行した動きに見えるんです。
戦争のすごさと人間のすごさと
新しい時代での生き方を
ふたりは見事にあらわしている。
黒柳 うん‥‥そういうこと、あるんですね。
野坂昭如さんにしても、渥美清さんにしても、
女優さんでは池内淳子さんとか、
ほかにもいっぱいいらっしゃるんですけども、
みんな、有名になったからって
「別に、だからどう?」というところがあります。
みんな、自分らしくは生きてきたんでしょうけど、
スターだといって鼻高く歩くなんてことは
微塵も持ってない人たちです。
明日になったらまた、すべてが
変わるかもしれないんですからね。
教科書が塗りつぶされていた、そんな時代です。
学校の先生だって、
「昨日までああ言ってたのに!」
ということを急に変えたりしました。
それをみんな
子ども時代に体験しているんです。
誰も責任をとってはくれなかった、
そして自分も何だかわかんない。
そういう日々をわたしたちは過ごしていたんです。
そろそろ、おしまいに近づいてるんだよ。 つづく!
2010-04-14-WED
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