クマちゃんからの便り

碧い石








ブラジル大使館から
「アーティストのAMELIA TOLEDOが
 帰国前に是非会いたいと言っている」
との電話だ。

オレはペルーからインディオ列車に乗って
アンデス山脈を越え、ブラジルに侵入して
行けども果てしないアマゾンを浮遊したことがある。
サハラ砂漠の砂の海で
オブジェを創ったこともあるのだが、
南半球のことはほとんどよく分からないに等しい。
オレに会いたいとは?
人違いではないのかと不安な気持ちで大使館へ行った。

通された一室で待っていたのは
小柄ながら体格のいい高齢のご婦人だった。

「オレがKUMAだが…」

「わざわざお出かけ頂いて」

オブリガードだけはオレにも分かった。
通訳もいたが、それでもまだ奇妙だった。

「友人であるミラノのキューレターから
 カタログを見せて貰らい、
 イタリアでのあなたの活動も聞いたんですよ。
 会えてほんとうによかったわ」

と言う。この辺りで、南半球からの経路がよめてきた。

七十八歳で現役の彼女は、
自分のシゴトの画集をめくりながら、
長い芸術人生をかいつまんで話してくれるうち、
コトバと通訳の時間さえもどかしそうに熱くなっていた。
石や金属や硝子などの素材に多彩なシゴトぶりである。
さすがにサンバの国である。
サインしてプレゼントしたオレの画集を、
眼を輝かせて眺め

「美しいエネルギーだわ」

と呟き、やがておもむろにポケットから出した
小さな碧い石を

「ブラジルから持ってきたの」

とオレの掌に載せた。

舌先で舐めた部分が艶やかになり、
かってアマゾンの森から眺めた空のカケラに想えた。
オレの仕草に一瞬驚き

「それは食べるものではないわ、
 いつもポケットに入れて握っていると
 いいコトがあるわよ」

と微笑んだ。

「オブリガード!」

オレは掌に石を包んだままでいた。



そこに主席公使のファウスト・ゴドイ氏が入ってきた。

「実はKUMAの硝子のオブジェを
 観たことがあるんです」

と流ちょうに言うじゃないか。
まだ硝子を溶かしはじめて間もない頃、
ビルのロビー片隅で開いた小さな展示を、
オレもやっと思い出したほどだった。

「美しかったのを今でも覚えています。
 お会いできて光栄です」

と言う。

「ブラジルの広大な地面に
 KUMAのオブジェは似合うと思ってます。
 そうなれば素晴らしい」

今度FACTORYを訪ねて
ゆっくり話したいと言い残し会議室に向かった。

碧い石が汗ばんでいた。

ブラジル風に地球の反対側から来た彼女を抱擁して

「AMELIAいつかまた何処かで」

「オブリガード!」

彼女は空を指差して笑った。
オレはお返しに地面を指差したが、
出来れば大地の上で‥‥。

ケイタイにロンドンからの国際電話である。
イタリア遠征のオレを金銭面でもサポートいただいた、
ヨーロッパ出張中の北村社長だった。
土木・建築用の機械を発明しては生産している
世界的なシェアの<技研製作所>の本社は高知で、
イギリスやシンガポールにも工場がある。
こんど新装したオランダ工場は
後楽園の十倍はあるのだという。
OPEN2003は十月六日で終了する。
ジャパンから送り出した<まだ未熟なピリオド>は、
梱包したらジャパンに戻らず
そのままアムステルダムの
技研製作所に向かうことになり、
来年オランダに立ち寄って、
オレがオレンダの社員を手下にして
組み上げることにした。
ありがたい友情である。
山の中で創り往けるところまで往っては、
また山に籠もり美しいエナジーで創り続けるのだ。

南半球の小さな石がオレの体温に同化していた。

『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

クマさんへの激励や感想などを、
メールの表題に「クマさんへ」と書いて
postman@1101.comに送ろう。

2003-10-08-TUE

KUMA
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