クマちゃんからの便り
ゴミバコのオブスキュラ

ガキの頃のオレはやたらに父親を恐れていたようだった。
父親だけでなく学校でも、
先生に指名されると顔面は紅潮し、
唇はワナワナ震えだし、
おろおろするばかりの小学生だったから、
ただ気配を消して過ごしていた。
そのため動作は厳かなほど
ゆっくりしてナマケモノのようだった。

製鉄会社の社宅には一軒ごとにコールタールを塗った
ゴミバコがついていた。
まだ戦に負けたばかりのジャパンに
捨てるモノなぞないのに、
犬小屋ほどの大きさだった。
イヤ、犬を飼うなんて余裕もなかったジダイだ。

そんな頃の安らいだメモリーは、
ゴミバコの中で過ごした晴れた午後だった。

辺りを見回し誰も居ないのを確認し、
後ろ手に開けた蓋の隙間に尻をのせ、
そのまま一気に中に滑り落ち、
落ちながら蓋を閉める。
ナマケモノのジダイに唯一の早業だった。
オレは現実世界から<神隠し>のように、
平安な空間へトリップした。

コールタールの箱の中は暗く生温かかった。
暗闇の中での掌は、
隠していた毛糸玉と編み棒をすぐに探し当て、
ただひたすらメリヤス編みをする。
<オレ>というモノが浮遊しているような
平安なジカンだった。

日に日に毛糸玉がトグロに変わっていく。
メリヤス編みの指先の動きは、
実用の物を作る目的ではなく、
浮遊するためのエンジンだったのだ。

あのヒカリを視たゴミバコ。
虫喰い穴ピンホールが、
見慣れた近所の景色を小さく倒立させて映し出していた。

オレが今、銅板の上に刻もうとしているのは
ヒカリの痕なのかもしれない。

クマさんへの激励や感想などを、
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2007-12-12-WED
KUMA
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