クマちゃんからの便り

お若えのお待ちなせえやし



明治27年、祖父は南国の高知から
極寒の地・北海道の屯田兵として入植した。
北海道で生まれ育ったオレは、
高知民のクオーターである。
土佐の高知は赤岡町。のどかな町だ。

ここには<技研製作所>の
北村社長の大きな屋敷があるのだが、
高知に行くと高知の仲間たちが集まりエン会場になる。

彼は、それまで土木の現場で
ヨイトマケやエンジンの爆発で打ち込んでいた矢板を、
振動で静かに深く差し込んでいくという革命的な杭打ち機
<サイレント・パイラー>を発明したヒトだ。

その上、大きく削り取った地表を
大量のコンクリートで塗り固めてきた
従来の土木の発想すら変えた、
<インプラント工法>なる画期的に経済的で
地表を痛めつけない圧入方法まで考案した。
<国際圧入学会>は
ケンブリッジ大学と提携して彼が立ち上げたのである。

オレの国内でやるエキシビジョンだけでなく、
ミラノ、ベネチア、ニューヨーク、
どこでも欠かさず立ち会ってくれる十数年のマブダチである。

赤岡の商家の軒々に雨だれ石が敷かれ、
その上に惜しげもなく並べられる本物の絵師・
金蔵の芝居絵大屏風を、
百匁ロウソクの光りで観てあるくのが、
赤岡の<絵金まつり>だ。

絵本を執筆したり、
ステンレスのオブジェを作ったりの山の中。

「絵金まつりを観に久しぶりの高知へ来ないかい」

北村社長からの誘いだった。

ヒカリの量が違うわい。
ロウソクの光りが始まる日没まで、
ウツボのたたきや皿鉢料理で呑(や)りだした。

高波で水没したニューオリンズの大規模復興工事に、
技研の圧入工法がいよいよ始動したという
友のニュースに盛り上がる。

オレはあっさりと<国際圧入学会員>になり、
来年はニューオリンズの現地を訪れ、
国際学会に参加することになったのだ。

絵本を描きステンレスをハンダ付けし、
<圧入工法>で地球を夢想するのである。

13年前、四万十川のほとりに
<うつろう>を創ったとき、
いろいろ尽力してくれた高知民の
ハマチャン、マッチャン、エナヤン等も集まってきて
エン会もたかまって、日が沈む。

奥方が用意してくれた蚊かすりの浴衣に着替え、
トンボの羽音が聴こえる畦道をほろ酔いで町に向かう。
イイ黄昏時だ。
絵金の屏風が立ち並ぶ町は大にぎわいだ。

権八が叩き斬った19人の雲助の残骸が散らばる
血みどろの鈴ヶ森。
権八に惚れ込んだ侠客・幡随院長兵衛、

「お若えのお待なせえやし」

提灯を突きだし声を掛ける‥‥。

「待てとおとどめなされしは‥‥」

あやしい色香の黒小袖着流しの白井権八である。

宵闇にゆらめくロウソクの火炎に、絵金の速い墨が走り、
泥絵の具の赤、緑、黄色が妖しく輝くは、
<浮世柄比翼稲妻 二幕目返し 鈴ヶ森>の
世話物の名場面である。
大人も子供も若い女も男も、
屏風からクライマックスを読み解いている。

街灯もほとんどなくコンビニもない
そぞろ歩きの懐かしい数時間。
帰りはカエルが騒いでいる畦道だ。

屋敷に戻り、汗に消えた昼間の酒。
絵金の強烈な色にリフレッシュした頭蓋で、
また呑み始め尽きない芸術や環境工法の話。
庭で烏骨鶏が鳴きはじめた朝4時、惜しいけど睡った。

「待てとおとどめなされしは、拙者がことでござるかな」

絵金笑う夢を見た。



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2007-07-27-FRI
KUMA
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