クマちゃんからの便り

半音階的幻想

アングラの拠点のひとつだった新宿
<NADJA>の四〇周年記念。
若松孝二、嵐山光三郎、唐十郎、吉増剛造、三上寛、
そのほか懐かしい大勢の面影。
すでに齢六〇ちかいか超えちまった
白髪・無毛の群れの大エン会。

ジダイの変遷に新宿三丁目界隈を
転居しながらの四〇年。
酒量も墜ちたアングラ野郎の客もすっかり減って、
いよいよ閉店かという折、
年老いたオカマの小さな店がひっそり閉店した。
<新宿の立身出世者>トクチャンの耳寄り情報だ。
彼の情報収集能力は高い。
この物件に、看板だけを掛け替えて
新装なったNADJA。
一〇人も座ればいっぱいになる鏡張りは、
いかにもオカマ好みのカウンターである。
ここでの三次会。もう後がない
NADJAに、ご祝儀代わりの客は
ドアーが閉まるヒマもないほど溢れていた。

「グワンバレ、NADJA!」

ふたムカシほど前なら乱暴狼藉が勃発した
オカマ街なのだが、
この地域ではやっぱし金子國義、
四谷シモンは最後まで舌好調。

糖尿、痛風、心臓など内臓をことごとく、
生活習慣病とやらにむしばまれた客も、
いつの間にかひとり消え、
二人去りとうとうカウンターには
オレと南伸坊、林静一だけになっていた。
久しぶりにアングラな朝を迎えてしまったのは、
<バカ笑い三人組>だった。

<アズサ>のグリーン席はまばらだった。
時速百数キロのシートから眺める
刈り入れ寸前の稲穂は、
<半音階的>な渦巻きになって波打っていた。
ゴッホの絵のようでもある。



自作の刺繍セットを出して
安いシーチング生地に糸を刺す。
iPodのバッハの<半音階的幻想曲>と、
リヒャルド・シュトラウスの
<ツァラトストラはかく語りき>は、新しく更新した。
美しいオクターブの<数列>の長い証明と
この曲名が、プロフェッサー・藁谷からの解答だった。
数学者から届くメールは、
毎回マニエリスムや芸術と科学との関係性を
エキサイティングに展開していく。次の課題は

<何故宮本武蔵が1645年、
 失意の中に世を去ったのかを
 世界史的な観点から論じなさい>
 
というものだ。
また思いも寄らない展開の<解答>が
届くが楽しみである。

<日夜をせかず、怠らず、
 流れてやまぬ何十里、往々として海に入る>
 
と云う校歌のフレーズがあって、
彼が守ったのは唯一つ

「日夜をせかず、怠らず」

だったとメールにあった。
数学家には及びようもないが、
秒速七ミリの刺繍ストロークも、
毎日せかず怠らずは同じかも知れない。

テラスに棲みついているミドリと
褐色のカエルが二匹。
寒くなってきたのに、どこからか現れて
スイレンの葉の上に留まっているのだ。
夕方になれば競い合って鳴きだす。
わざわざ二階のテラスまで這い上がってくるのか、
どっかに隠れているのかは分からない。

毎朝、スイレンの花を眺めるのを
楽しみにしているのはオレだけではない。
このところボウフラ退治に飼っていた
黒メダカの数が、
日に日に減りだしていることに気付いた。
奇妙なことにメダカの死体はひとつも見つかってない。
あの勝ち誇ったようなケッケッケッか、
この辺りでギャアギャアと呼ばれる
オナガの仕業か。



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2006-09-29-FRI
KUMA
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