クマちゃんからの便り

春のチカラ

読書三昧で過ごしていたFACTORYに、
乗りつけてきたのは役人のワンボックス・カーだった。

小中学生が普段は気づかない自分の街を探訪しながら、
<鉄のオモカゲ>を見付けて集めてもらい、
それをオレのゲージツで再生するという
ワークショップだった。
担当の役人は得意気に
「思いのほかに集まりました」と言う。

後部ドアーから出てくるのは
小さなボルト・ナットや
壊れたガス湯沸かし器などの鉄片や、
傘立て、車のホイールばかりが目立つ薄物が多い。
今や、鉄という物質を外装に隠蔽しながら
目まぐるしく変容していく都市は、
少年少女等にはどのように映ったのだろうか。
しかし『彼等の街の上空に設置するオブジェには、
これだけの鉄ではどうにもならないなぁ‥‥』
と不安が過ぎる。

街のあっちこちで解体されるビルからは
グニャグニャによじれた大量の鉄筋が排出され、
再び膨大な新しい鉄筋で建った巨大なビルは
たちまち景色を変える。
オレは解体現場に向かい、コンクリートにまみれた
累々たる異形鉄筋の群れを目で測った。

「此処から彼処までの鉄筋をFACTORYに運んでくれ」

と依頼。

北京オリンピックやらアジアの経済発展なぞの鉄需要で、
スクラップ鉄の値が高騰しているらしい。
彼等が探してきた鉄の不足分に、
オレが選んだのは街に隠蔽されていた鉄の群れである。
ムカシやっていた鉄の収集方法だ。

ダンプが着いて五〇〇kgのスクラップを
ドカドカと降ろしていった。
久しぶりに溶接作業だ。
それにしてもやっぱし高いなぁ。
植物の根のように蔓延ったスクラップに
少しウンザリしたから、
作業をすぐに止めて奈良に向かった。

毎年朱雀門の前で行われていた<遷都祭>は、
遷都一三〇〇年の二〇一〇年に、
復元完成を目指している<大極殿>までの
広大な平城宮跡で今年は行われるという。
一尺も掘れば遺跡がザクザク出てくるような場所で、
今は文化庁が管轄している。
だから地面を掘っても、
杭を打つことも禁止されているのだ。

旅行の目的は、二日間だけ開催される
<遷都祭>でのインスタレーションする
平城宮跡のロケハンと、制作するオブジェの打ち合わせだ。

広大な空き地になっている平城京を
囲んでいたらしい土塀も今はなく
址の外側は、アスファルトの遊歩道になっている。
オレは見えない土塀址に沿って
布と竹で二メートル立方のキューブの列を
創ることにしたのである。

雲雀が盛んに囀る空の元、
一三〇〇年変わらぬ風で布のキューブが震える。
布を透かしてジャパンから消えつつある
広い空き地が持っているチカラを感じるのだ。
ただゆっくり歩くのである。

KORYA君に案内してもらい、
約束していた守屋長老の<知足院>を訪ねる。
座敷にとおされ彼が創った茶碗で点てていただいた
抹茶の御薄をよばれた。
閑かな座敷の真ん中で質素な古い木の文机が、
美しいオブジェのような存在感だった。
三歳で死別して顔も覚えていない
母親が使っていた文机だと言う。
実直で閑かな口調の長老といろいろな会話を楽しんだあと
飲んだ茶碗を土産にいただき、
東大寺の二月堂で行われている修二会
<食堂作法>の行に案内された。

修二会の参籠が一番多いのが守屋長老で、
今でも作法の指導にたずさわっている。
燈明のヒカリだけの暗い堂内で行われている、
一日一回だけの食事前の長い読経と所作を見学。
行の僧侶衆のなかに森本公穣さんを見付けた。
二月から籠もる参籠に、今年は参加していたのだ。



ライトアップ全盛の今、奈良の暗闇と裸火の空間は、
閑かに<個>と世界を想うジカンなのだろう。
お水取りの時期とぶつかったが、
時間の調整がつかず<ダッタン>見物出来ず、
元興寺に寄り辻本泰善住職とるみ子夫人にお会いしてから
FACTORYに戻った。

リゾーム状になっていた異形鉄筋群を前に
溶接機の準備をした。

「この文机の無数の疵痕に母を想像することがあるのです」

と七十八歳になられた長老のコトバに、
オレは
『闇の夜に鳴かぬ烏の聲聴けば 未だ観ぬ先の妣ぞ恋しき』
を思い浮かべた。

オブジェ制作で、ガス溶断機と溶接機を
久しぶりに握り替えての制作開始だ。
また暫くスダさんから貰った
武川米の玄米と自作の梅干しでまた山籠もりである。
夕方、トマムの落下サンからメールが来ていた。

《KUMAさん 本日夕方プラス一〇℃の曇り空へ
 <空を真似た青>は旅立ちました。
 一月一日から七十五日目の出来事でした。
 ここ数日の雨と黄砂に良く耐えていたと思います。
 その抜け殻はスティク氷となり手に取ると
 「シャラン、シャララン」と美しい音色とともに
 手のひらから零れ落ちてゆきます。
 春の陽気と裏腹にとても切なく儚い夢のようです》

ありがとう。天に昇った<青>は雨や雪になって、
天からの便りとなって戻ってくるんだ。

クマさんへの激励や感想などを、
メールの表題に「クマさんへ」と書いて
postman@1101.comに送ろう。

2006-03-19-SUN
KUMA
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