クマちゃんからの便り

風呂場



『春ゥは夏ッゥに犯されて、
 夏ッゥは秋ィに殺される、
 秋は独りで年老いて、
 冬ュゥはみんなを埋める‥‥』

ムカシ聴いた歌がアタマを過ぎる。
秋の到来を予感する蒸し暑い午後、
ベランダから霞んだ臨海地区を眺めていた。
突然ジッ、ジーィ、ジリジリジリ‥‥
頭上のコンクリート天井が鳴りだした。
茶色がかった斑の羽に黄色い翅脈があるアブラゼミだ。

両側の複眼の真ん中に真っ赤に輝く
小さな三つの単眼は何を見るためのモノなのか。

幼虫ジダイの五年を地中で過ごし、
地上で羽化してから二週間ほどで終わってしまう雄の、
蛇腹の筋肉を激しく反らしたり縮めたりしながら
共鳴膜を震わす絶叫である。

烏や猫が近づけば身の危険を感じて飛び立つのだろうが、
壁の一部でしかないオレがジロジロと
間近で観察していたところで、何も警戒対象でもなく、
相変わらず煮えたぎらせる油地獄のメッセージを
雌へ送り続けていた。

しかし、そんなにはジカンが残ってはいない彼には、
雌の気配は現れなかった。

山梨のFACTORYの林で鳴くアブラゼミは、
『ダイコンニンジンケツノアナ‥‥
 ヌカヅケマゼタカミズワクゾォー‥‥』
に聞こえて微笑ましかったが、
アスファルトに反射して起ち上がってくる
選挙のスピーカーと絡み合う、
都会育ちのゼミの絶叫はただ単調に暑苦しい念仏だった。

八方塞がりが充満したツマラナイ劇場型とやらの気配に、
なにやら不気味に暑い朝八時。
近くの小学校に行き衆議院選挙の投票を済ませた。
夜、マスメディアが劇場型アブラゼミとなって、
一斉に出口調査の結果をわめき出す。

ウンザリした丑三つ時、
遠洋船の一畳足らずの蚕棚ベッドに潜り込んでいた。
三時間眠っていると、朝六時半には銭洲の海域に着いた。
初めてのカンパチ狙いの遠征釣りだ。
強烈なファイトをする魚らしいが、
ヒマを見つけては二〇号の大きなカンパチ鉤に
三〇号のラインを<坂本式>で巻いた仕掛けを
三個作って用意してきた。
これなら二〇kgまでなら相手に出来るはずだが、
オレはまだ手合わせをしたことがないから
そのパワーの実感はない。



海面を大回遊するムロアジの群れが走る。
カンパチの餌にこれを釣ることが、
まずは大切なシゴトなのだ。

慎重に大きなリールの微調整をして、
鼻掛けにした三〇センチのムロアジを大海原に投入した。
二ヶ月ぶりの釣りである。
要領はヒラメ釣りの泳がせ変わらなく、
三〇メートル底の駆け上がりの
五メートル範囲をゆっくりと油断なく誘っていた。
すでにカンパチに睨まれて恐怖する
アジの動きで穂先が激しく痙攣している。
『それ喰え』。

一気に海に引き込まれた太いロッドを、
左手で思い切り引き上げた。
オレが作ったカンパチ仕掛けが外れないように、
ロッドを腹にあてキープし
右手でリールのハンドルを巻き続ける。
首を左右に振りながらフックを外そうとする
カンパチのパワーに
ラインはお構いなしにズルズルと引き出されていく。
遣り取りの末カンパチを取り込んだ。

背筋も握力も大笑いしていたが、
ラインの傷を確かめまた投入。
間もなくさっきより強烈な引き込みがガツーンときたが、
今回はもう落ち着いてファイト出来する。
初めての遠征釣りとして
九kgのカンパチ二本は充分過ぎる釣果だった。

パンツ一丁のオレは研ぎたての出刃一本で、
風呂場に持ち込んだカンパチの巨体を解体した。
なんとかうまく捌き終わると、
返り血を顔につけた哀し気な男が鏡のなかにいた。

クマさんへの激励や感想などを、
メールの表題に「クマさんへ」と書いて
postman@1101.comに送ろう。

2005-09-16-FRI
KUMA
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