クマちゃんからの便り

遠吠えが雄叫びになった


六月十八日朝、ソファーで目を覚ますと
いつもと同じ六時だった。
床の滑り墜ちた後のソファーにオレの形が残っている。
ここにシリコンを流し込めば
オレの半身が出来上がるはずだ。
今のところ、NYに遺した確実なモノは
このソファーに窪んだオレの鋳型だけである。
ニューヨーカーの記憶に何を残すかは
今日のオープニングにあるはずだ。

再構築作業のためのテーシャツ数枚と
ジーパン二本しか持ってきてないオレは、
地下にあるコインランドリーで洗濯をしながら
凌いできたのだが、
オープニングに着ていく衣裳については
全く忘れていたのだ。
作品についてはもう何も言うことはない。
しかしオブジェの傍にさらすオレ自身が、
ジーパンにテーシャツでは
この魔都NYに紛れてしまうわい。

評論家、芸術家、コレクター等のニューヨーカーに、
極東から遙々渡ってきたゲージツ家の
オレ自身をも観せるのは、
今更、着物ぞという衣裳ではない。
<目にモノを見せる>とは、
ただ見えればイイのではなく、
オレごとオブジェ群を他者の眼に突っ込んでやることだ。

好きなコム・デ・ギャルソンか、
ヨージ・ヤマモトのスーツを奮発して
ショーアップするのも悪くないが、
こっちに来れば
高い輸入品になっているのがバカバカしい。
パーティが始まるのは午後六時。
まだ時間はあるのだが、店が開くのは十時からだし、
ジタバタしても仕方がない。

ドライフルーツはすでにオヤツ代わりに喰っちまい、
<土踏まず>ジカンに喰いつなぎ
これで空になるコーンフレイクに、
牛乳をたっぷりかけただけの
シンプルな朝メシになった。
二十四年間オレと一緒して、
一昨年死ぬ直前に撮った黒猫ガラの
小さな写真立てを東の窓際に置いてあるのだが、
まだ彼が元気だったころ
ペットフードを噛む美味そうだった音を思いだしていた。

『ブランド物に身ヲマトウトハナァ…』

いつの間にかオレの年齢を越えていったガラの声なのか。
オレもNYデビューにしては『芸ガナイヨナァ』と思った。

アパートを出てフラフラと歩いていた二ブロック先に
作業服屋があった。
目についた白い鉄工服みたいなデザインの
硬い木綿の作業服を迷わず買って、表に出ると、
うまいことに隣がペンキ屋だった。
オレは迷うことなく黒と赤の小さな水性エナメル缶と
刷毛を買って部屋に戻った。イイ買い物である。

届けられていた、
<THE CONNECTED UNITY>と
写ったオレが表紙一面になって二、三日前に発行された
<週刊ジャピオン>の中身を抜いて、
部屋中に敷き詰めた。
中に丸めた新聞紙を詰めて
立体的にした作業服に向かって、
失敗なしの一発勝負のアクション・ペインティングだ。

ペンキの不自由な刷毛から黒色を滴らせながら、
腹から脇を通って背中にかけて<sunyata>を、
漢字にした渾身の<空>を一気に書いた。
襟の裏を赤く塗った。イイ出来になった。
しかし四時に取材があるから
ギャラリーに着いてなくてはならないのに、
これがなかなか乾かないときた。

管理人にヘヤードライヤーを借りにいくと、
スキンヘッドを見て変な顔をしながら渡してくれた。
たちまち乾いて、袖を通すと少しゴワゴワするけど
却って鎧のようで気に入った。
いざ出陣である。

イレイン女史が待つギャラリーに這入ると、
<THE CONNECTED UNITY>の周りは
若いNYのゲージツ青年や少女たちの人だかりだった。
自分の感想を言いながら差し出すカタログに
サインや握手攻めだ。オレのコスチュームも
みんなに気に入られたようで、
「何処に売っている」と言う。

「さっき出来たばかりの一点物オリジナルさ」

と答えると一緒に写真に写ってくれと言う。

オーナーのMikeがかき分けながら

「早くから来たコレクターの反応も上々だ」

と嬉しそうにオレの肩を抱く。
評論家やアーティストを連れて現れたMorganも
この盛況に誇らしそうだった。
ヒトは時間とともに溢れて、
イレイン女史のシゴトが激しくなるばかりだった。

「Strong!」

「Powerful!」

が感嘆詞に付いている賞賛だ。

日本人の顔もちらほら混じり出す。
某小説家の辣腕美人秘書・マダム久野や
NYでテレビプロデュサーをしている木村基子、
トランプビルに住む謎のセレブ・渚さん、
今やガゴシアン・ギャラリーの
マネージャー夫人になっている相原勇。

オレの個展には何処でも欠かさずに現れてくれる
技研製作所の北村社長。
今回はNY支社開設と商談をわざわざ、
オレのオープニングに合わせて来てくれたのだ。
みんなこの盛況に嬉しいコトバを贈ってくれた。
ありがたい。

まだ閉館まで時間があったが、
パーティに向かうため表にでると、
外にもいっぱいヒトが溢れていた。

ギャラリーから渡されたカードには、
オープニング・パーティーのある
イースト・ヴィレッジのアドレスがあった。
タクシーで乗りつけると、フレンチレストランの中には
もう六〇人ぐらいのヒトで埋まっていた。
こっちのパーティに挨拶やらの式次第なぞなくて、
参加したヒト等がそれぞれがオレに感想を言いに来て、
ワイワイと呑み喰い喋り合っているのだ。
オレも呑み喰い喋った。愉快だった。

シャンペンが回ってきた。
MikeとMorganが順番に立って、
極東のゲージツ家を招待して今日に至るまでの
簡単ではなかった道のりが語られ、
オレをみんなに紹介した。

にぎわいの個展会場でも右側に付き添い、
相手のコトバを素早く的確にオレの右耳に伝え、
オレが吐き出すコトバも返してくれるイレイン女史は、
盲導犬のように右側に座ってもう。
同時通訳してもらうためだ。

鎧を着たオレはついに起ちあがって

「I SHALL RETURN,SOON!!!
 THANK YOU!」

とNYに来て初めての英語を叫んだ。
みんなが拍手してくれた。
このコトバを叫ぶことが出来たことで
残りの半分が満たされたNYの夜だった。

クマさんへの激励や感想などを、
メールの表題に「クマさんへ」と書いて
postman@1101.comに送ろう。

2005-06-27-MON
KUMA
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