KINDER
ガキの頃は、バカだったなぁ。

(8月16日)

・高校のときの友達のあだなは満月。
 まん丸の顔に小ぶりな目と口が中央に
 ちょこんとついている感じがいかにも・・・
 入学した当時に小さいときからみんなが
 満月って呼んでいたって聞いた時は
 他の友達みんなで大受け。それ以来
 (20年以上)満月、げつまん、
 マンちゃんなどなど
 いろいろ変化形があるんだけど
 結局いまだに満月と呼ばれている彼女。
 一つ難なのは人ごみで彼女を呼ぶとき!
 ちょっと恥ずかしいでしょ、
 まんげつーって呼ぶのは・・・・
 (由美)

●高校2年の時、
 母の言うことがあまりにも頭にきたので、
 母の原付バイクのヘルメットに
 水をたっぷりと入れて、登校しました。
 母が出掛ける時に頭から水を被って
 「ヒャー」って
 ずぶ濡れになる姿を思うと、
 1日中ニヤニヤとしていました。
 帰宅してみると、母は
 「雨水が溜まってるのかと思ったけど
  雨なんか降ってなかったし、
  どうせあんたの仕業だろうから無視した」

 とのこと。
 自分のガキさがものすごく恥ずかしかったです。
 (もも)

●下半身系のあだ名は心に残りますよね〜。
 先日「まん子ちゃん」という
 あだ名が出ていましたが、
 私の中学校時代もそういえば
 「まんこ先生」と呼ばれていた
 美術の先生がいました。
 由来は残念ながら分かりません。
 だけど、その先生も「まんこせんせー!」
 と呼ばれて普通に返事をしていたように
 記憶しています。男子も女子も平気で
 「まんこがさあ」とか言っていましたね・・。

 (れ)

●子どものとき、
 「ゲリ」が恐かった。
 ゲリはおなかの内臓が
 出ていくことだとなぜか信じていて
 「今出すと死ぬ」
 と必死で我慢していました。
 親に「内臓は出ない」といわれて
 気付いた日のこと、一生忘れない。
 (ぷー)

●昔、ゲームの1秒間16連射で
 一世を風靡した高橋名人が、
 小学校2年生のとき「高橋名人の冒険島」という
 ファミコンソフトになりました。
 ファンだったのでもちろん持っていたのですが、
 その後学校で、
 「高橋名人逮捕」という情報が・・・。
 とんでもないガセネタでしたが、
 とにかくぼくはショックで、
 逮捕された人のグッズを持っていると
 逮捕されちゃうと思い込み、

 数年間そのゲームは
 クッキーの空き缶の底にしまい、
 誰もいないときしかできませんでした。
 (じくじく)

●子供の頃の夏休みは、
 学校のプールへ遊びに行きました。
 ラジオ体操と同じで半強制で、
 ぼくはプールへ行くのが大嫌いでした。
 泳げないわけではありません。
 むしろ水泳は得意でした。
 何が嫌いだったかと言うと、着替えです。
 男女でひどく差別されていて、
 女子はコンクリート製の
 きれいな更衣室なのに、
 男は野外にある吹きさらしの汚い粘土室。
 しかも女子には丸見え。
 小学校の高学年にもなると、
 つらいものがあります。
 この不平等な状況に
 どうしても耐えられなかったぼくは、
 なんと自宅から水着で学校に向かったのです。
 半裸状態で街を悠然と闊歩し、
 市役所の前も堂々と通り過ぎ、
 無事に学校へ辿り着きました。
 こうしてぼくは、
 ジレンマから解放されたわけですが、
 今になって考えると、
 女子に裸を見られることよりも、
 水着で街を歩く方が恥ずかしい!

 (リョム)

●中学入学後、吹奏楽部に入ったときに
 「ここで先輩に
  自分を売り込んで株を上げよう!」
 と思い、当時(今でも)十八番だった
 「もののけ姫」を熱唱。
 作戦は成功し、大きなインパクトと共に
 その日から『ひめ』と呼ばれるように。
 その後高校に入学して友達にその話をしたら
 「『もののけ』じゃなくてよかったね」
 といわれました。
 そして高校では
 『もののけ』と呼ばれることに・・・

 (ひめ)

●幼い頃、母が冗談で
 「うちは貧乏だから」と言ったのを
 本気で信じ込み、
 いつガスが電気が水道が止まるかと
 毎日ヒヤヒヤしていました。
 夏の暑い夜に母が私を寝かしつける際、
 部屋の扇風機を回してくれるのを、
 「電気代がもったいない!」と
 母が部屋を出て行くと同時に起き上がり
 ダッシュでスイッチを切りに行きました。
 家計が苦しくても子供が涼しいようにと
 にこにこ「ゆっくりおやすみ」と
 言っているのだと
 勝手に想像した親心に毎晩泣きそうでした。

 (mihoco)

●高校時代の担任で、
 歴史の先生でもあった
 先生のあだなを思い出しました。
 以前からその先生は
 「ヒッタイト」と呼ばれていました。
 なぜ、そう呼ばれるのかよくわかりませんが、
 肝心の本名は思い出せません。
 (ちなみにヒッタイトとは紀元前2千年前に
  小アジアで勢力をもった
  オリエントの強国のひとつ。
  鉄をつくったりした国)
 中学の近くの書店の親父は
 「ウルトラセブン」と呼ばれていました。
 多分、その特徴的な髪型のせいだと思われます。
 (ポコペン)

●高校の時、
 かわいいのにあだ名が「けん子」という子がいて、
 「なぜ?」と聞いたところ、
 「志村けんに似てるから」ということでした。
 今思っても、
 女の子のあだ名としてそれってどうだろ。
 (ジャム)

●大学時代、
 「ナイチンゲール」
 と呼ばれていた友人がいました。
 もちろんあの白衣の天使の
 ナイチンゲールから由来しているのですが、
 その名にふさわしく、
 彼女はとてもかわいらしく、
 いつも優しい微笑をたたえている
 素敵な女性なのでした。
 最初は、みんな
 「ナイチンゲール」と呼んでいたのですが、
 長いのでやがて「ナイチン」と
 略されるようになりました。
 しかし、人ごみの中で
 そう呼びかけるのははばかられ
 なぜかつい小声になってしまったものです。

 そんなこと気にもせず、
 大声で「ナイチ〜ン」なんて
 呼びかける友もいましたが、そんな時も、
 決して微笑を絶やさない彼女でした。
 (とらんぽらん)

●中学・高校と一緒だった子で、
 「ばあや」と呼ばれている男子がいました。
 (由来はもう忘れました)
 私たちにとっては
 「ばあや」は彼を指す固有名詞なので、
 何の違和感もなかったのですが、当時電車の中で
 「ばあや、おまえさー」と普通に呼ばれて
 何気なく返事をする高校生を見て、
 まわりの人はさぞ変に思っていただろうなー、
 と今になって思います。
 (M)

●中学のころ、あだなが「ベルゲン」でした。
 クラス委員をしていたんですが、
 ホームルームの時間だったか、
 あんまりみんながうるさくて
 議事が進行しないので、大きな声で
 「静かにしてくださいっ!!!」とか
 キンキン声で叫んだんですね。
 その叫び声が、
 まるでスピッツ(犬)のようだったので
 男子から「スピッツ」と
 呼ばれるようになりました。
 その後、地図帳を見ていたある男子が、
 「スピッツベルゲン島ってのがあるぞ」
 と見つけたことがきっかけで、
 それ以来、わたしのあだ名は
 「ベルゲン」になりました。
 高校になって、そんな男子たちとも別れ、
 平和に暮らしていたのですが、
 高一の学園祭のときに、ふいに
 「ベルゲン」と呼ばれました。

 まさか、と思って振り向くと、
 名付け親の男子が。
 (他校から遊びに来ていたんですね)
 もう忘れた名だったのに、
 反応してしまった自分が悲しかったです。
 (RUN)

●高校時代の化学の先生。
 授業のはじめから終わりまで、
 黒板に向かって書きながら、
 ずっとぶつぶつ説明をしていた。
 生徒の方を向こうとしなかった。
 あだ名は「板つきかまぼこ」だった。
 (茶花)

●生まれてはじめてもらったあだ名は
 「えんどう」でした。
 えんどう豆の「えんどう」です。
 だいたいあだ名ってのは
 本人の特徴に合わせて作られるもので、
 豆が好きとか豆みたいな丸顔とか、
 それらしいエピソードが
 ありそうなものなんですが、
 そういうまともな由来じゃないんですよね。
 「いつも一緒にいた幼馴染の
  『いんげん』くんから派生した」

 という、私のパーソナリティとは
 何の関係も無いあだ名でした。
 子供心に「我ながら情けない」と
 思ってたんですが
 命名者が年上のいじめっ子の
 「もりもりもうだいっきらいくん」
 だったので逆らうわけにもいかず、
 そのまま定着。
 その後、えんどうを略した
 「えん」というあだ名が一般的になり、
 地元では今でも「えん」です。
 (匿名希望)

●高校の時、
 「あんぶ」という
 アダ名の同級生がいました。
 本名は近藤さんなのに
 何でだろうと思っていたら、
 理由は、中学の英語の時間に
 "Umbrella"の発音が
 完璧すぎたからだそうです。

 (m)

●高校のときの尿検査。
 担任の先生はその結果について、
 教室に入ってくるなり
 クラス中に響き渡る声で
 「おーい○○。
  おまえ尿検査でたんぱくでてるぞ」
 その日から彼は「たんぱく」になりました。
 あと、女の子なのに苗字が
 「野口」だからというだけで「ゴロー」
 「坂上」なので「二郎」と
 呼ばれてた子もいたなぁ。

 なつかしいな。
 思い出させてくれてありがとです。 
 (たまね)

●中学生の時ですから20年前でしょうか。
 「こまったちゃん」というあだなの
 同級生の女の子がいました。
 今は「困ったヤツ」という意味で使われますが、
 その時は本人が困ってました。
 何事も心配で、いつも困った顔をして
 ため息をついていました。
 聞いてみれば些細なことなんですが。
 今、思い出してみて、言葉の感覚が
 20年で違ってきてるなぁと感じます。

 (JUNK)

●小学1年の時、
 担任だった美人で優しいヨシコ先生が、
 スケベなことばっかり言っている
 I先生と結婚することを知って、大ショック。
 「ヨシコ先生は、
  きっとI先生がスケベなことを知らないんだ。
  早く教えてあげないと!」と、
 友達とふたりでわざわざ先生を呼び出して、
 いかにI先生がスケベな人かを
 必死で訴えました。先生は
 「まあ、そうなの。どうもありがとうね」
 と優しく微笑んでくれてました。
 ああ、はずかしー。先生ごめんなさい・・・・。
 (匿名希望)

(ミニコメント)

あだなの傾向は、ガキだから、
ある一定の法則さえ、感じますよねー。
だいたい、その場の勢いでついたはずなのに、
案外、長続きしてしまうというのが、
本人にとっては、困ったものでして・・・。

先生というのは、
これだけたくさんの学校がいるのだから、
やっぱり、いろんな先生がいるもんだなぁ。
ガキの視点から見た先生像を
たくさん読んでいると、つくづくそう感じます。

あなたや、あなたのまわりの「ガキばなし」は
postman@1101.com
こちらまで、件名を「ガキ」として、
どんどん、おおくりくださいませー!!!

2003-08-16-SAT
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