KINDER
ガキの頃は、バカだったなぁ。

(7月29日)

●子供の頃住んでいた所はそれほど都会ではなく、
 深夜、街が静まりかえると、
 4キロほど離れた所を走る
 電車の音がたまに聞こえていました。
 が、そんな遠くの音が届くはずはないし、
 終電後に通る列車があるわけがない、
 と思っていた私は、布団の中で、
 「あ、また銀河鉄道だ・・・」と思っていたんです。
 なんだか見てはいけないもののような気がして、
 カーテンを開けて確かめることもなかったので、
 真実に気付くのがだいぶ遅れました。
 (めそ)

●ほぼ日わ。
 ガキの頃は〜、ぷぷぷっと吹き出しながら読んでいます。
 そんな私にも馬鹿な思い出が・・・。
 私はなんと1歳半くらいから一人で近所のお菓子屋さんに
 母からお金をもらって
 お菓子を買いに行っていたそうです。
 自分の記憶にあるのは、
 もう少し大きくなってからのことだと思うのですが、
 100円を握りしめて
 お目当てのお菓子を買うところまではいいのですが、
 もらったおつりは道端に捨てていました。
 それでも一応子供心に、人に見つかってはいけない、
 と思い、植え込みの陰なんかに隠すのです。
 捨てるというより置いて行く、
 という方がちかいでしょうか。
 で、母に『おつりは?』ってきかれると
 「どこそこにある」と教えていました。
 うちは貰いものが多くて、買わなくても
 お菓子やアイスはたくさんあったのに
 『なんでそんなにお菓子欲しいん?』と聞いた母に一言、
 お金使いたいんやもーん!と返事をしたらしい。
 ほなしゃーないなぁ、と
 納得する母も母だと思うけど・・・・。
 (うららん)

●小学校の低学年のころ。
 私は毎日新聞のテレビ欄で番組をチェックする
 かなりのテレビっ子でした。
 そんな私のもっぱらの疑問は番宣のCM。
 「放送は来週月曜、夕方6時から!」
 ・・・ってだから何chでやるか言えよ!!(怒)
 と日々テレビに向かって怒っていました。
 しかもそれを母親に
 「ねー今の何chでやるの?」と聞くと必ず
 「○chだよ」と的確な答えが返ってくるので、
 子供には教えて貰えないのか?とも思っていました。
 まったく子供に民放会社の仕組みなんて
 分かるわけがないですよねぇ?
 (935)

●お月さまに追いかけられる、
 と言って泣いたっていうお話を読みましたが、
 私も小さい時、なぜか叔母と夜二人で歩いていて、
 お月さまが追いかけてくるので半泣きになっていると、
 叔母が、
 「とまとちゃんのことが
  好きだからついてくるのね、
  お月さまはとまとちゃんの味方だよ」
 と、教えてくれたのです。
 それ以来いつも(今でも)夜歩く時、
 お月さまを見上げて
 「恐くないぞ」「味方だもんね」と思います。
 (とまと)

●日本語が全世界共通語だと
 思っていた方がいらっしゃいましたが、
 小学校に入る前ぐらいの頃の私は、
 外国の人はカタカナを使っていると思っていました。
 おそらく外来語は全て片仮名で書かれていたので
 そう思ったのだと思います。
 (まお)

●皆さん、「おめざ」の習慣ありました?
 わたしの幼児期は家が商売をしていました。
 とある有名な観光地のみやげ物屋でした。
 (こけしやちゃちな飾り物は今でも嫌い)
 お菓子やパンも売っていました。
 そのショウウインドウの中に
 バターケーキがあるんです。
 朝、2階の布団で寝ている
 兄、私、弟でじゃんけんして
 負けるとそいつが冷たい廊下と階段を
 降りて、ケーキをとってきて、「布団の中」で
 たべるんですよ。
きれいずきだった母が
 よくゆるしていたねと、後から聞いたら
 起きてくるとうるさくて仕事に差し障るから
 しょうがなかったとの事。
 私たちみんな歯が悪いの。
 (ゆりパンダ)

●セーラームーンを観て育った世代の私は
 本当にセーラームーンに憧れて、
 近所の友達と2人で
 「セーラー戦士になる修行」
 というのを実行していました。
 修行の内容は、裸足で走ることや、
 セーラームーンにあんまり関係ないかもしれないけど
 2人でテレパシーを通わせるようになることを
 目標に念を飛ば合ったりしてました。

 あるときはボール紙を上手く切って色を塗り、
 あのティアラにして頭につけて外を徘徊しました。 
 ばかばかしいけどあの頃はほんとに楽しかったです。
 今でもセーラームーンは永遠の憧れです。
 (m)

●小学校低学年の頃、テレビ画面の向こうの人たちに
 自分の姿を見られているような気がしてならなかった。
 とくに、学校をずる休みして、
 ひとりこっそりテレビを見ているとき。
 カメラ目線の出演者と目が合うたび、
 叱られるんじゃないかと
 怖くなってチャンネルを変えていた。

 (すぎゃ)

●2歳位の頃良く見た夢に
 宇宙人がUFOにのって、わたしを観察している
 と、いうのがありました。
 同じ時期の記憶はほとんどないのに
 この夢だけはハッキリ覚えているんですよねぇ
 なんでだろう?
 (よしこ)

●小学1年生の頃のコト。
 学校で版画を終え、手を洗って教室に帰ってきた私。
 すっかりイイ気分、天気の良い午後の教室。
 何を思ったか、窓に向かって
 目をつむると気持ちが良いと思い、
 目をつむって気分良く歩いていくと

 いきなり先生に怒られました。
 なんで!?と思って気付くと、
 上履きの下には刷りたてで並べられた
 みんなの版画が...
 (ちさと)

●「にぎりこぶしを眼球に少し痛いくらいに当て、
  しばらくするとサイケなビジュアルが!!」
 いやあ、なつかしい!僕も小さい頃やってました!
 なんなんでしょうね!? あれ!
 今でこそ「サイケ」「ビジュアル」なんて
 言葉で表現できるけど、
 当時は何て言ったらいいかわからなくて
 親や友達にわかってもらえず
 もどかしい思いをしました。
 「こうすると何か見える!」
 「??」
 「だからこんなの!」
 と言ってもうまく説明したり絵に描くことなど出来ず。
 自分に変わって
 有名な画家かなんかに絵にしてもらいたかった。
 そうすればみんなにも伝わるのに…
 できればアニメ化して動画として
 忠実に再現してほしいくらいでした。
 何であんなに必死だったのかな〜。
 (匿名希望)

●えーっ!もうびっくりです。
 目をつぶり眼球を押しつけると
 サイケなビジュアルが映し出される話。
 私もやってました。
 和式便所にしゃがんでふんばる時に
 ひざのあたりにひじを立てて
 手のひらを閉じたまぶたの上から押しつけて
 サイケなビジュアルを楽しんでいました。
 ぐるぐる回るんですよね。
 私も純といいます。
 今は医療関係の仕事ですが。
 (学級文庫)

●古い話で恐縮ですが、私の友人の話です。
 友人が幼稚園、そしてそのお姉さんが1年生のとき、
 ふたりで「チロリン村とくるみの木」を
 仲良く見ていたそう。
 その日、チロリン村は
 「今日からカラー放送です」となっていて、
 でもおうちのテレビはもちろん白黒。
 いよいよチロリン村が始まり、ふたりは、
 「あれ、カラーじゃないね」
 「……」
 「あ、でもだんだんカラーになってきた」
 「うん!」と、
 なぜだかだんだんカラーになってきたと
 思いながら最後まで信じて見ていたそう。
 (サトエミ)

●「悪い子は地獄に落とされるんだぞ」と
 両親にさんざん脅されていた、
 小学校低学年の頃の私。
 別に悪いことをしているつもりはなかったけど、
 なぜだかしょっちゅう怒られていたので、
 自分は悪い子だと思い、
 いつ地獄に落とされそうになっても平気なように、
 常に警戒していた。
 警戒というのは、
 「地獄に落とされる
  =いきなり足元に穴が開いて落ちる」
 と思い込んでしまったため、
 ひとり部屋で遊ぶときは、
 床にいつ穴が開いてもいいように
 必ずマットレスの上で遊んでいたのだ。
 マットレスごと落とされることは
 想定していなかったのが、
 小学校低学年の浅はかさだったように思う。
 (なまちゃん)

●子供の頃に、足の指をしゃぶっていたというので
 思い出しました。
 私は、かなり大きくなるまで、
 手の指しゃぶりをしている子で、よく大人に
 「指が長くなるから止めなさい」
 と注意されていました。
 その注意をそのまま信じていた私は、
 指しゃぶりをしている自分にふと気づいたとき
 慌てて両方の親指の長さを見比べ、
 ちょっと短く見えるほうの手を
 「同じ長さにしなくちゃ!」と思い、
 すごい勢いでしゃぶっていた。

 (chi)

●高校生になったら
 誰でもセーラームーンの様な
 ないすばでぃになれると信じていました。
 中学卒業時の身長が150cmだった私は
 幼児体形のまま高校生活突入。
 ・・・入学式の写真は表情が虚ろ。
 (すう)

●高校受かっての春休み。
 親友は落ちて予備校へ!
 そのわずかな間に起こった出来事。
 親友が無免許でバイクを持ち出し、
 私に2ケツを提案した。
 最初は彼女が運転して私は後ろだったのに、
 あまりの運転のヘタクソに
 「ケーッ」っとなって運転を変わった…
 その瞬間前からパトカーが…。
 免許証もなく、沖縄三越前(メインストリート)で
 散々詰問されて那覇署へ…。
 『家の電話番号を言いなさい』と言われた私は、
 ついつい姉の家の電話を告げました。
 そしたらナンと!そこに鬼のような母が、
 たまたま!いたんです。
 母、
 「あ〜、おまわりさん!この子はネ、
  中学校2年生の頃からズット無免許で
  オートバイ乗っていますし、
  どうか牢屋にでも入れて、
  根性叩きなおしてください」

 …。
 (か)

●小学校一年生のとき、
 わたしが授業中にうろうろ立ち歩くことに
 腹を立てた先生が、ついに私の椅子を取り上げました。
 それでも私はちっともへこたれず、床に座って、
 にこにこして友達にピースをしたり
 手を振ったりしてました。見かねた級友が
 「先生、みなちゃん、
  反省してはるから椅子返したってえな」
 と言ってくれ、
 椅子は私のもとにかえってきたのですが。
 罰の意味を理解しない子供に、
 先生はどれだけ歯がゆい思いをしたでしょう。

 (みなこ)

●小学生高学年の頃だったと思います
 電車から改札口を出る時にこども料金の切符を
 駅員さんに渡したところ中学生(大人料金?)と
 思われたのか切符を持っている指を
 つかまれ『何年生まれだ!』と言われた僕は
 おもわず「やぎ座」と答えました。
 駅員さんはそのまま手を放してくれました。
 たぶんこんなバカな中学生はいない、
 と思ったのでしょう。
 (けんち)

●「置き手紙」にあこがれる・・・分かります。
 私の場合、なぜか「手紙のやりとり」にあこがれて、
 わざわざお菓子の空き箱か何かでポストを作り
 自分の部屋のドアにそれを貼り付けたんです。
 そして家族みんなに
 「私に用事がある人は、
  手紙に書いてポストに入れること!」
と命令。
 それからは、手紙が入っているかが気になって
 10分ごとくらいにポストをチェックしたのですが
 もちろん家族がそんなおバカなことに
 付き合ってくれるはずも無く
 1通も受け取る事ができないまま、
 そのポストは役目を終えたのでした。
 (かもめ)
 
   
(ミニコメント)

「私に用事がある人は、
 手紙に書いてポストに入れること!」

「何年生まれだ!と言われた僕は
 おもわず『やぎ座』と」

「同じ長さにしなくちゃ!と思い、
 すごい勢いでしゃぶっていた」

このあたりの、勢いが音声として聞こえるところも、
なんだか、やっぱり、いいんですよねぇ。
「銀河鉄道」についての話が、すごくキレイでした。

あなたや、あなたのまわりの「ガキばなし」は
postman@1101.com
こちらまで、件名を「ガキ」として、
どんどん、おおくりくださいませー!!!
       

あなたや、あなたのまわりのガキばなしを、
件名に「ガキ」と書いて、
postman@1101.comに送ってくださいね!

2003-07-29-TUE
BACK
戻る