KINDER
ガキの頃は、バカだったなぁ。

(7月19日)

わたしの甥っこ2人兄弟は
 小学生の低学年の時、ドラえもんを観ていて、
 しずかちゃんの入浴シーンが出ると
 急にあせりだし、テレビからだだだと逃げ、
 ふすまの影にかくれて観ていた。
 しずかちゃんの入浴シーンに
 何かを感じているに違いない。

 (もゆ)

今も昔もガキというのは
 いろんなことをしでかすものですね。
 わたしは図書ボランティアの親玉をしておりまして
 時々小学校の図書室にいきますが
 そこでもガキが、しょーもないことをしておりました。
 図書室の一角が妙に騒がしい。
 近づいてみると図鑑の上に
 小学1年生が5人ほど覆いかぶさっている。
 図鑑は人体に関するもので、開かれたページには
 7センチ角ほどの上半身裸の女性の写真があり、
 彼らはその写真のおっぱいをかわるがわるなめながら
 「エロい!」
 「うっひょー、エロすぎ!」
 とウハウハしていたのであった。
 …エロいというより、それはどうみても
 いまだにおかあちゃんのおっぱいに
 かじりついている図なんだけどなぁ。
 笑い出しそうになるのを我慢して、
 そのちびっこたちには
 「図書室の本をなめたり
  かじったりしてはいけないこと」

 「図書室では静かにすごすこと」を教えておいた。
 しっかし。
 おとこのこっていうのはおっぱいがすきなのねぇ。
 (ぬばたまの)

うちの弟ですが、
 小さいころ有名な「この木何の木」のCMの曲に
 言い知れぬ恐怖を感じていたらしく、

 あのCMがはじまると、コタツにもぐっていました。
 今、その話をすると怒り出します。
 (ハチミツ)

私は幼稚園の頃、夜泣きソバのチャルメラが
 聞こえてくると「人さらいがやってきた!」
 通り過ぎるまで部屋のすみっこで息を殺していました。
 なぜか夜泣きソバの屋台をひいている人は
 ピエロの格好をしていて、
 チャルメラの音色で子供を誘い出しては
 屋台に詰めこみ、どこか知らない街へ売りとばすのだと
 勝手に妄想していたのです。
 今でもチャルメラを聞くと、ドキッとします・・・。
 (ありんこ)

子どもの頃、霊柩車が通った時に親指をかくさないと
 親が死んでしまうという迷信があって、霊柩車が通ると、
 自転車にのっている時なんかでも、必死に隠してました。
 最初のうちは親指だけでしたが、そのうち
 「人さし指はお母さん、なか指はお姉さん、
  くすり指はぼくで、小指が妹」
 って勝手に決めるようになって、
 みんなが死なないようにと思って、
 親指から小指まで順番に隠すようになりました。

 結構大変なんですけど、実は今でもやってしまいます。
 (かに)

親戚が子どもの頃、自分より年上の人が集まって
 なぞなぞの話をしている場所で、
 自分も何とか話題に入りたいらしく
 「赤くてぇ〜、四角くてぇ〜、
  ポストみたいなのなぁ〜んだ?」
 と出題し、周囲を爆笑の渦に巻きこんだらしい。
 (シェパード)

子どもの頃、
 台フキン(テーブルを拭くやつ)が大好きで
 チュッチュッチュッとよく吸っていました。

 適度な湿り気と色んな味が混ざりあってて、
 それを吸うのが好きで好きで・・・。
 大人に見つかって何度も怒られたけど、隠れて続けてた。
 今思うと吐きそうなくらい気持ち悪い・・・
 (fumi)

わたしの姉は、父から
 「しょうゆを飲んだらノドから毛が生える」
 と教わり、できるかぎりしょうゆを
 少量しかとらないようにしてたそうです。
 中学2年生の夏まで信じて、学校で泣きながらみんなに
 「しょうゆで生える毛の恐怖」
 を訴えてバカにされたらしく、
 それがヤンキーになる原因だった・・・
 と今でも言います。
 しかし、なぜノドから毛が生えたら
 怖かったのだろう?
 (くじら)

3歳年下の妹が
 小さいころから可愛くて可愛くて仕方なかった私。
 当時は「マミ」という名前が
 世界で一番可愛い名前だと思っていたので、
 妹のことを影で、こっそりマミちゃんと呼んでいた。
 「あなたの本当の名前はマミ。
  でもみんなには秘密ね」

 と言い聞かせ、彼女をその名で呼ぶ度に、
 ささやかな、でも確実に大きな幸せを感じていた。
 (ぞるば)

私は小学校1年生のあるとき、
 一日中唾液を飲み込んでいることに気づきました。
 「こんなにずっと
  飲みこまなくちゃいけないんだったら、
  お腹がいっぱいでご飯なんか食べられない」

 と、本当にご飯が食べられなった時期があります。
 (t)

3〜4歳のころだと思います。
 人は、寝ているとき息をしないものだと思っていたので、
 寝るときはいつも息を止めていました。
 そして息が続かなくなると、息継ぎをするのですが、
 たいてい、2〜3回息つぎをした時点で寝入ってました。
 (えんきょ)

小学生の頃、飼い犬の散歩をしていて、
 なぜか犬と同じ歩調で歩きたくなり、
 ちょこまかと犬に合わせて足を動かし、
 当然早歩きになり、
 結果犬もつられて早く歩き出し、
 それに合わせて私がもっとちょこまか歩く、
 というループに陥りました。

 (う)

教育テレビの囲碁の番組が、
 大好きで、よく見ていました。
 単純にパネルに碁石のマグネットを貼る
 という行為が格好いいと思ったんです。
 いつも冷蔵庫の前で、
 「はい、先生ここが取れますね」
 とか一人で話しながら、
 マグネットをつけたり、はずしたり。
 ものすごい地味な遊びでした。
 (和)

家で宿題を教えてもらってた時
 私「動詞って何?」
 親「動くものだよ」
 私「じゃあ、カブト虫って動くから、動詞だよね?」
 (H)

台フキンが好きでチュッチュッチュッ……
 というのを読んで、わたしが子どもの頃、
 湯船の湯が大好きだったことを思い出しました。
 しかも洗面器にくんで、
 ゴクゴク豪快に飲んでいました。
 「どっちがたくさん飲めるか!」
 と2つ違いの姉と競いながら、
 それはそれはたらふくいただきました。
 家族みんなが入ったあとの湯には、
 ほのかに甘みがあるというか……
 たぶん、ほどよいダシ(=垢?)が
 出ていたのでは、と思われます。
 ・・・それにしても、気持ちわりぃ〜!
 (ひらりん)

前に「証文」の話が出ていましたが、
 自分たち兄弟もやってました。
 小銭の貸し借りをする時などに…。
 我々の間で『契約書』と呼ばれていたそれには、
 約束を破った場合のペナルティまで
 設けられていたのですが、以下、その部分も含めて
 問題の『契約書』に書かれた文面を再現してみます。
 『契約書
  私○○は○月×日に借りた000円を
  00日以内に返すことを誓います。
  なお、約束を破った場合は
  お母さんに言いつけるものとする

 実に子供らしく情けない罰則ですが、
 これのおかげで契約破りが
 一度も発生しなかったことを考えると、
 子供にとっていかに母親の権威が
 絶対であったかがうかがえると思います。
 (おそろしゴリラ)

小学校3年生位まで
 教科書のはじっこをちぎって食べてました。
 最初は空腹を満たす為、
 給食までお腹の足しにしていたのですが、
 やがて、当時 国語の成績が一番良かった原因を
 「教科書を食べるようになったから
  頭が良くなったとんだ」
と思い込み、
 積極的に国語の教科書を食べていました。
 無地だとあきるので、当時流行った
 イチゴやオレンジの香りのペンを塗りたくって
 味付けまでして食べてました・・・。
 (さっぷ)

若かりしOL時代の恥ずかしいお話です。
 職場に向かって歩いていた時、
 前方を歩いていた男性が白いハンカチを落としました。
 私は善良な市民の勤めと思い、
 「ハンカチ落としましたよ」と
 白い物体を拾って渡そうとしました。
 しかし、拾って愕然。
 ハンカチではなく、ハナガミだったのです。
 なんで私はこんなモンを拾ってしまったのか、
 拾ってどうする!
 それも帝国ホテルのまん前。
 今思い出しても、とってもハズカシーーーー。
 (みかわや)

姉が書いた作文。
 その題材になった出来事。
 当時姉は小学生2年生、私は保育園児でした。
 ある日姉とおばあちゃんが
 自転車で保育園まで迎えに来てくれました。
 自転車の後ろのカゴ椅子に私は座り、
 おばあちゃんがおしてくれていました。
 ちょうど軽い坂になっている所にさしかかった時、
 おばあちゃんはバランスを崩し、
 自転車は大きな音を立てて倒れました。
 私は膝に大きな傷をつくり、
 骨が見えそうなくらいえぐれていました。
 ワンワン泣いた私を連れて家まで帰ってくれた
 おばあちゃんも、実は肋骨が1本いってました。
 1人無傷だった姉。
 作文の最後はこうしめくくられていました。
 「私じゃなくて良かった」
 なんてヤツだ。
 (ケダマ)

小学生のとき、好きだった女の子と自分との会話を
 想定して、一人芝居をテープに吹き込んでいました。
 「○○くん(自分)だーいすき!
  いやん、おっぱいさわらないでー」
 不覚にもそれを姉に聞かれ、
 おもいっきり軽蔑されました。

 思えば、自分の声を聞いて何に興奮してたか知りませんが、
 とにかくハズい思い出です。
 (T)

幼稚園の時のことです。
 母がアイロン掛けしている横で、
 幼児にしては大きめのタンスの手前側に
 ぶら下がり暇を潰していたところ、
 タンスが僕の方に倒れてきました。
 僕はとっさにタンスを押し返し難を逃れました。
 激しく母に怒られたのですが、僕は
 「…フフフ、この力を使えば悪の軍団に勝てる!」
 と思ってワクワクしてました。
 (なおま)

小学生の頃、家族全員で
 TVアニメ「忍者はっとりくん」を見ていたとき。
 リ〜ンと鳴った電話に
 「ハイ。忍者はっとりくんです」
 と出てしまった私。当然家族は大爆笑。
 (ハセ)

中学生になるまで
 赤ちゃんはウンコの延長で
 産まれてくるもんと思っていた。

 堅いウンコの時など、ふんばったら
 赤ちゃんが出てきやしなかとドキドキしながら
 そろりそろりと頑張っていた。
 (鷹)

小学生のころ横浜の伯母の家に遊びに行くと、
 「児童公園で遊んできたら?」とよく言われました。
 それを私は「自動公園」だと思い込んでいて、
 「何が自動なんだろう?入り口かなぁ。
  やっぱり横浜は違うなぁ」と内心感心していました。
 でもそのハイテクについてゆく自信がなく、
 結局一度も行きませんでした。
 (漆花)

小学低学年のころ、アニメやドラマで
 「つづく」という字幕を見るたび、
 「終わりの時には、つづくって書くのがかっこいいんだ!」
 と勘違いしていた私。物語でも絵本でも、
 最後のページに必ず、
 「つづく」と落書きしていました。
 しかもマジックで・・・全然つづいてないし。
 (たまふろ)

デリバリー版に載っていた
 「足の指をなめた」に反応してしまったのですが、
 私は小さい頃、足の指の爪をかむのが大好きでした。
 噛みすぎて深爪をしてしまい病院に行った時、
 その体の柔らかさに驚かれたものです。
 (きょん)

足の親指をなめるって話、私もありました!
 思い出しました。
 保育所に通っていた頃、
 お昼寝の時間はいつもこっそり
 布団の中で足の親指を舐めるのが好きでした。

 人に見られてはいけないという意識があったのか、
 常に隠れて吸ってました。
 普通、手の指をくわえることはあっても
 足指をくわえるヤツはそうそういないぞ、
 と自負しつつ、こっそりと。
 (あら)

テープの話で思い出しました。
 たぶん幼稚園にも入らない頃、
 私と3つ下の弟が
 『忍者ハットリくん』のテーマソングを
 なぜか号泣しながら歌っているのが

 録音されたテープが、今でもあります。
 20年近くたった今、それを母が料理しながら
 BGMにして「あの頃はよかったのに…」とつぶやきます。
 (みちこ)

兄と私はムーミンがとても好きで、
 幼稚園には遅れるくせに
 どちらも放送開始時刻前にはテレビの前にいた。
 とあるムーミン放送日、
 兄が高熱を出して母に病院に連れて行かれた。
 私は熱を出した兄は死んでしまうのだと決めつけていて、
 どうせ死んでしまうのだから、せめて最後くらいは
 好きなムーミンを
 いい席で見せてやろうと思い待っていた。
 席を用意し待っているのに、
 ムーミン開始時刻が迫っても兄が帰ってこない。
 兄はムーミンを見る事なく
 死んでしまうのかと思うと悲しくなった。
 どのくらい悲しかったかというと
 「お兄ちゃん!
  ムーミン始まっちゃう!ムーミン始まっちゃう!」

 と絶叫しながら
 その病院まで全力で走って行くほどだった。
 その距離500メートル。
 私が爆走したその道はムーミンと呼ばれていて、
 今でもカバ似の本物のムーミンを見るとそれを思いだし、
 思わずニヤニヤとしてしまう。
 (m)
 
   
(ミニコメント)

最近の無料メルマガ・「ほぼ日デリバリー版」に
掲載されたものの中から、よりぬきでおとどけしました!
「ムーミン」「囲碁」などは、何度読んでもかわいいし、
「しずかちゃん」「図鑑で興奮する男児たち」などは、
とても大きな反響をいただいたんですよ。
もちろん、台フキン、風呂のお湯、足の指など、
独特の「好物」も、ナイスジャンルでした。

今日だけ、メルマガの内容と重なるものを特集しましたが、
明日からは、昨日までにひきつづき、まだ、
「ほぼ日」上のどこにも載っていなかったガキの話を、
じゃんじゃん、お送りしていきますねー!
陶酔と本気と不安がうずまくガキ世界、今後ともよろしく。

あなたや、あなたのまわりの「ガキばなし」は
postman@1101.com
こちらまで、件名を「ガキ」として、
どんどん、おおくりくださいませー!!!
       

あなたや、あなたのまわりのガキばなしを、
件名に「ガキ」と書いて、
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2003-07-19-SAT
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