KINDER
ガキの頃は、バカだったなぁ。

(6月25日)

友達のゆみちゃんがお葬式で学校を休んだ。
 そのとき先生は
 「ゆみさんは今日は忌引きです」と言った。
 しばらくして東山動物園のゴリラのゴンタが死んだ。
 「お葬式で休むのは忌引き」と覚えていた私は
 「ゴンタのお葬式に行くから明日は学校を休む。
  でも、忌引きだからいいんだよ」と祖父に言った。
 祖父は母に
 「うちにはゴリラの親戚がいたのか(笑)」
 と伝えたらしく、それ以来私はお葬式があるたび
 このことをネタにされる…
 (m)

左利きで基準がないため、
 右方向と左方向がわからない、
 というかたがいらっしゃいましたが、
 わたくしもそうです。
 「おはしを持つほうだよ」
 右をあらわすためによくつかわれる表現ですが、
 左で持つため、よく混乱してました。
 いまだに運転中
 「そこ、右」なんて急に言われても
 「どっち?」と混乱してまがれません。
 右足から、なんていわれたときは
 足が赤くなるほどたたいて、
 右足にプレッシャーをかけていたのを思い出します。
 そのほかに「何時?」ときいて9時10分前だよ、
 といわれると、9時8分くらいのことだと思ってました。
 いまだに「違う!」と自分につっこみをいれます。
 (匿名希望)

ある日、父親が盲腸の傷を見せながら
 (昔の盲腸の手術跡って、けっこうはげしい)
 「おまえは、お父さんから生まれたんだよ、
  ほら、これがその傷跡」
って・・・。
 僕は小学1年生頃までずっと信じてた。
 そして全てを知った時(いつかは忘れたけど)
 ものすごいショックだった。
 (くろ)

わたしは、
 親の言うことを素直に信じてばかにされました。
 お正月の「うまに」は、
 馬に喰わせるだけ作るから
 「うまに」というのだと聞いて、
友達に自慢しました。
 高校生になっても言ってましたし、
 社会人になっても同僚や先輩に
 もっともらしく話しました。
 ・・・どうも、違うらしいですね。
 (ペりかん)

小学3年か4年のとき、
 プールの授業の着替えは教室で男女一緒に
 行われていました。
 クラスでもスケベで有名な『はっしゃん』(あだ名)は
 女の子が着替えている方へ嬉しそうにやってきては、
 『おんなのヌードル♪ッハハンハンおんなのヌードル♪』
 と意味不明のフレーズを小躍りしながら繰り返して、
 みんなからいやがられていました。
 (T)

あの頃は蛇やトカゲを見たら
 親指をこぶしの中に隠していました。
 そうしないと親が死ぬと聞かされていました。
 蛇やトカゲがウヨウヨいる時代でしたから
 石垣を登ったり、
 草つきの斜面を滑り降りたりする途中で
 親指を隠したり出したりする
のは至難の技でした。
 (Y)

歩行者信号用の、押しボタン。
 昔は待ち時間の表示機能なんぞなく、
 押してもずーっと待たされっぱなし、
 ってことありましたよね。
 幼い私がこの機械について考えたこと。
 「・・・このボタンには、指紋の識別装置がついてて、
  何人信号待ちをしているかが判るに違いない!」

 そして、早く渡りたいがために、
 いろんな指でボタンを押していました。
 右手・左手、手のひら、逆さにして押したりとか。
 (おーみ)

小学校時代、
 家から学校までの蜘蛛の巣の数を数えたり,
 他の登校班と,
 みんな必死なあまり無言の早歩きバトルしたり,
 車が通ったとき,
 その車の影をジャンプしてかわして
みたり
 (バスの場合影が長いので
  低学年の子にはかわすのが難しかった)
 バカバカしいけどスゴク楽しかった
 なつかしい思い出です。
 (o)

小学生のときに外人に会ったら
 その人が舌をひっぱりながら耳を動かしてくれました
 そのときからずっと白人は日本人と違って
 舌と耳がつながっているんだと思っていました
 20歳の時に友達に
 「外人って舌ひっぱると耳動くよね」と言って
 「あんた何言ってんの?」と笑われて
 それは違うんだと初めて知りました
 (くろ)

子供の頃、といっても中学くらいまで、
 対になっているものへ
 平等に愛を与えようと努力していました。
 例えば右手と左手、右足と左足、自転車の前輪と後輪。
 左手足や後輪はあまり使われなくて
 かわいそうだといつも思っていました。

 今思うと、たぶん兄と二人兄妹だったことが
 関係しているんだと思います。
 (うに)

子どもの頃は、とにかく
 フタの中身が気になって仕方ありませんでした。
 特に、外にあるヘヴィなフタの中身が気になり、
 友達といっしょに、マンホールの鉄のフタや
 下水道のコンクリートのフタ、そして、
 肥溜め(汚物タンク)のフタなど、
 フタというフタを開けて、
 中を見たりニオイをかいだりしました。

 特に肥溜めのフタは、近所中の家のフタを制覇しました。
 当然と言えば当然ですが、外にあるフタの中身は、
 ゲップー的なニオイばかり
 (ゲップーのニオイは嗅いだことないですが)でした。
 なんであんなキタナイもんばっかり好きだったのかなぁ。
 (しまみゅーら)

私が保育園年長さんになった夏、
 うだるような暑さの中、
 ともだちとふたり、町内をぶらぶら歩いては、
 「暑いね、暑いね」と言っていました。
 ちょっとした坂道を下るとき、
 少し駆け足ぎみになった私はひらめいたのです。
 「走ると、風が来る!すずしい!」
 その発見を友だちに言うと、
 「ほんとだ!すずしい!」ということになり、
 くそ暑い中、私たち二人は
 「すずしい!すずしい!」と全力疾走で、
 どこへいくでもなく街の中を走り回っていました。

 (スミコ)

子供の頃、空中を絶対歩けると信じて
 特訓に励んでいました。
 布団をしいて押入れによじ登り、
 まず右足を前に出し
 落ちる前に左足を出すという練習
に没頭していました。
 ある日必ずすたすたと歩き出すことができると
 信じていました。
 (mag)

幼稚園のころ、なぜかドブの水面を
 沈まずに歩けると思っていました。
 帰り道、自らドブに下りたのですが
 這い出すことができなくなり、
 へりにつかまったままの状態に
なりました。
 一緒にいた友達は驚いて、
 三十分の道のりを一度も止まらずに走って
 私の親を呼びに行き、その間に私は
 通りすがりの小学生のお姉さんに
 引っ張りあげられました。
 お姉さんの家に母と菓子折りを持って
 お礼に行ったのもほろ苦い思い出です。
 他の方のお話を読んでいて、
 しょっちゅうふき出しています。
 (サワー)

私が3歳の頃「鼻が痛い!」と大騒ぎをし、
 母親に耳鼻科に連れて行かれて、
 耳鼻科の先生がピンセットを鼻の穴に突っ込んで
 取り出したものはネコヤナギでした。
 ネコヤナギのふさふさした感触が好きでした。
 何故か悪い事をしているように感じ、
 隠れて顔に擦りつけていたのです。
 ふとした間違えで1つのネコヤナギが
 鼻の穴に入ってしまって、

 取り出そうと必死に指を入れたのですが、
 更に奥に入って行くばかり・・・。
 (フリード)

私は小さい時、夜、家の廊下を歩く時、
 いつも自分の後ろに
 フランケンがついてきていると思い込んでいました。
 「誰かがいる」なんて漠然としたものではなく、
 なぜかフランケンシュタインでした。
 怖くて振り返れないけど、
 自分の後ろをついてくる(と思い込んでいる)
 フランケンをまくために、
 ゆっくり歩いていたくせに部屋に入る時の
 一歩目だけすごい早足で忍び込んでいました。

 部屋に入った瞬間、後ろ手でドアを
 「ばたん!」としめるので、
 「そろっとしめなさい」と怒られていました。
 怒られながらも、
 「そうしいひんと
  部屋にフランケンがついてくるんやもん」
 と正々堂々と理由を説明していました。
 今でも、たまに急に、夜に自転車にのっていると
 荷台にフランケンがのっているような気がして、
 ジグザグ走行なんてして振り落とそうとしています。
 後ろを振り返る勇気はないんですけど、
 怖くて死にそうになっています。
 (R)

ひとつのものに飽きるまで固執するというくせは、
 子供のときからの習性だったと確信しています。
 今でも思い出す、苦い思い出。
 下痢止め薬のビオフェルミンを
 いたく気に入ってしまったあの頃、
 台所のテーブルの下に隠れてお菓子のように
 バリボリ食べ、その結果おなかをくだし
 病院へ連れて行かれました。

 とことんまでつきつめる心意気は、今改めて見直すぜ。
 やるね、わたし。
 (キキ)

小学校低学年の頃、自分の前世は魚だと信じていました。
 そのせいか、雨上がりの公園の滑り台の下に出来た
 大きな水たまりを見てたまらなくなり、
 服を着たまま泳いでしまいました。
 あと、よちよち歩きの頃の写真を見ると、
 何故か自動販売機のおつりが出てくる所に
 手を突っ込んでいるのが何枚もあったり…
とか。
 こういうことって、延々と
 ことあるごとに話題に出されるので…(汗)
 (m)

子供の頃、学校から帰る時はアスファルトの
 新しく掘り返されて色の違うところは、
 踏んではいけない。
 と自分ルールを持っていました。
 ある日学校から帰ると、
 家の前の道路が数メートルにわたり
 掘り返されていました。
 「あそこまでは飛べない・・・」
 とその日から泣く泣く断念しました。
 (モカッチャ)

小学校6年のころ、鬼ごっこをよくやった。
 最後のころには女子も入れて、もう中学校に入ったら
 しないであろう子供の遊びに夢中になってた。
 鬼ごっこ最後の日なんか、
 「この日のことは一生忘れないな」
 というほど感傷的にすらなった。
 でもその後、中二まで鬼ごっこをやってた・・・・。
 (Y.S)

地震がくるたびに、地割れが起こってその隙間に
 私が落ちて、そしてなぜかその地割れが閉じて
 地割れに挟まれる私を想像して怖がっていました。
 (はな)

小学1年生の頃です。
 どこで覚えたのか、首をかしげるのが
 最高に可愛いポーズだと思っていたらしく、
 その頃の写真はすべて首をかしげています。
 でも笑ってないんです。
 無表情で首を横に曲げる姿は、まるで寝違えです。
 (sato)

古くなった歯ブラシを捨てるとき
 「ごめんね、ごめんね」といつも泣きました。
 それを見ていた父が「偽善者め」と・・・。
 (はむらぼん)

小学校の時、仲間だけの路地裏通学ルート。
 一人の友人の家が坂道の途中にあった。
 その一人と別れたあと、残った仲間は
 坂道の頂上付近にある家のトイレの汲み取り口が
 少し開いて居るのを見つけてしまった。
 子供が黙って見過ごすはずがなく、
 小石を落として
 「ポッチャーン」という音に大受けしていた。
 それが病みつきになり毎日の下校時の日課となって、
 必然的に石の大きさもグレードアップして行き、
 終いには二人でやっと持ち上げられる程の
 大きな石にまでエスカレート。
 ある日、いつものルートを下校すると、
 その坂道の下まで続く悪臭を放つ小川が誕生していた。
 坂の途中に住む友人は、
 その流れの源を確かめてから泣き出してしまった。
 (がんじ)

サザエさんのオープニングで
 サザエさんが全国の観光地を訪れているのを見て
 ウチ(岩手)の近くにも来てくれないかなぁ〜
 といつも思っていました。
 先週、なんとなくテレビをつけていたら
 サザエさんが始まったのですが
 なんとサザエさんは岩手を旅行中!
 しかもわたしがガキの頃にはなかった
 本当に近所の新名所にまで来ていたんです!
 急いで誰かに知らせたくなりました。
 って、ガキじゃないじゃん・・・。
 (ほの)

弟はセールスマンを何かのヒーローだと
 勘違いしてたみたいで、事あるごとに
 「セールスマンになる!」と豪語してました。
 (ぐちよ)

子供の想像力ってほんとにスゴイですよね。
 私が小学生のときなぜか自分の中で
 トイレは10秒以内という決まりがあって、
 リビングから立ち上がってから猛ダッシュ。
 「い〜ち、に〜い」と数えながら
 どうしても間に合わなそうなときは、
 「は〜ち、てんてん、きゅ〜う、てんて〜ん」
 テンポを遅らせながら家の中をダッシュしたものです。
 いったい何に追われていたのでしょう。
 (クマの子ぷぅこ)

小学校低学年の時、
 母親の買い物(服屋さん)についていった私は、
 服がかかっている下の方に潜りこんでじっと座っている、
 という行為を繰り返していました。
 母が「何してるの?そんな所にいないで出ておいで」
 と言ったら、
 「いいの。落ち着くから」と答えたらしいです。
 何が落ち着くのか、今となっては意味不明です。
 (し)

(ミニコメント)

「誰にも知られなかった冒険」というのは、
覚えていなかったことも含めると、ほんとにたくさん、
小さい頃に、経験したんだろうなぁと、実感しました。
みなさんが、この「ガキ」メールを書いてるうちに
なんだか「自分好き」になっていく様子が、
手にとるようにわかって、おもしろかったりもします。
忌引きのメールが、とくに、かわいらしかったなぁ。

あなたや、あなたのまわりの「ガキばなし」は
postman@1101.com
こちらまで、件名を「ガキ」として、
どんどん、おおくりくださいませー!!!
       

2003-06-24-TUE
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