小林秀雄、あはれといふこと。

その拾・・・漂泊の思ひ

漂泊の思ひやまず。
未知の大陸への憧憬つのるばかり。
その思いが心の膜を突き破った時、
私はアフリカへと旅立った。
二十代最後の年。

アフリカは遠かった。
ケニアの首都ナイロビに到着した時には、
成田を発って三十時間が経過していた。
いつの頃だろう、サバンナに憧れたのは。
自然と共生する野性。
弱肉と強食のせめぎあい。
すべてが雄大で、そして過酷だ。
ナイロビからマサイ・マラまで、
ワゴン車は土煙をあげてひた走る。
しばらく行くとスコールに見舞われた。
深いぬかるみにはまり込み、
タイヤはあえぎ声をあげ空回りした。
私たちは外に降り、車を押した。

1 兄の嫁を受け継ぐ図

びくともしない。二時間経過する。
マサイ族の女が、しゃがみこんでボーッと作業を見ている。
運よく通りかかったトラックにロープで牽引してもらい、
やっとのことでぬかるみから這いだすことができた。
「これがアフリカンスタイルだよ」
ケニア人の案内人オウマ氏がつぶやく。
マサイ・マラ動物保護区に到着した。
「あっ、あそこに象の群れがいるよ。見てごらん」
オウマ氏が教えてくれる。
だが、私には地平線しか見えない。
その方角に向かいしばらく走ると、
四十頭ほどの象の群れがいた。
オウマ氏の視力は、6.0くらいあるようだ。
サバンナには象やライオンが
うじゃうじゃいるような気がするが、
実際には総数が少ない上にひとつの国立公園が
大阪府や神奈川県ほどの大きさがあるので、
案内人がいないとなかなか巡り会えない。
オウマ氏は陽気だ。
話をしているとすぐに時間がたってしまう。
「私の部族はね、いろいろなものを大切に受け継ぐんだ。
もしも兄が死ぬとするでしょ。そうすると財産はもちろん、
兄のお嫁さんや子供たちも弟のものになるんだよ」
うむむな話だ。
「ケニアには『飢えたライオンは草を食べる』
という諺がある。
ライオンって肉だけしか食べないと思うでしょ。
でも獲物が捕まえられなくて
ほんとにどうしようもなくなると
草も齧るんだよ」
日本の諺の『背に腹はかえられない』
というところだろうか。
それから、
フラミンゴが何キロにも渡り湖面をピンクに染める
ナクル湖を訪れたり、
気球に乗ってサバンナをはるか上空から眺めたりした。
キリマンジャロの山麓に広がるアンボセリ国立公園で
最後のサファリを楽しみ、旅もクライマックスを迎えた。

「すみません。トイレに行きたいんですが」
サファリカーに同乗していた美人姉妹のお姉さんが
オウマ氏に言った。
「ここにはね、凄く美しいトイレがあるんだ。
もう少し走るとそこに着くから、ちょっと我慢してね」
10分程走ると、オウマ氏は運転手に止まるように指示した。
「さあ、着きました。どうぞ」
どうみても、そこにはトイレはない。
サバンナのど真ん中である。
「ここは自然のトイレだよ。私からみんなへのプレゼント。
いい思い出にしてね」
なるほど、この広大なアフリカの大地で立ち小便をする。
こんなに素晴らしい体験が、他にあるだろうか。
私は車を降り、いい立ち小便ポイントを探した。
美人姉妹も、いい座り小便ポイントを探した。
サバンナは草が多いので、いいポイントがたくさんある。
だが、あまり車から離れると、ライオンに襲われ
餌食になってしまう可能性があるので、美人姉妹と私は、
背の高い草を隔てあまり離れていない場所で小便をした。
サバンナで立ち小便。
そして、草の向こうでは美人姉妹が座り小便。
ああ、こんなに気持ちいいことがあるだろうか!
私は一気に放水した。その時だった。

2 みられちゃた図

「ガオーッ」
恐ろしい声がサバンナに轟いた。
小便が急停止した。慌てて声の方を振り向いた。
そこにはオウマ氏が笑いながら立っていた。
「ゴメンゴメン。ジョーダン、ジョーダン」
だが、冗談ですますには、
ライオンの鳴きまねがリアルすぎた。
前を見ると美人姉妹もびっくりして立ち上がっている。
草の上から、二つの顔がひょっこりのぞく。
目があった。
そして、姉妹は目をそらした。やめてよ、オウマさん。
こんな時に冗談かますのは。
俺、美人姉妹にチンポ見られちゃったじゃない。
度胆を抜かれ、私はポコチンをしまうのを
忘れてしまったのであった。
美人姉妹と私は、あえて何事もなかったかのように車に戻った。
車は再び土煙をあげてナイロビに向かい、
私のアフリカ旅行は終わった。

漂泊の思ひやまず。
チンポを見られた心の痛み癒えず。

1998-08-07-FRI

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