KOBAYASHI
小林秀雄、あはれといふこと。

しみじみとした趣に満ちた言葉の国日本。
そんな国のいとおもしろき言の葉を一つ一つ採取し、
深く味わい尽くしていく。
それがこの項の主な趣向である。



其の弐百四拾参・・・不便

「え〜と。
 ○○町69−108。ここかな」

セールスマンらしき男が一人、
目的の家をさがして歩いている。

「♪ こんにちワワワワ〜」

クールファイブのコーラスのように、
語尾を伸ばす。

北小岩 「♪ ハハハハ〜イイイイ〜」

意味もなく、返事に節をつけて応対したのは、
弟子の北小岩くんであった。

北小岩 「何か御用でございますか」

「69番108号は、ここですか」

北小岩 「確かにここですが、
 ここではない気がいたします」

何せ男は、背中に怪しげなのぼりをたてている。

「割れ目沢(われめざわ)さんのお宅では
 ないのですか」

北小岩 「割れ目沢さんの家は、
 向こう正面でございます。
 住所に聞き違えがあったのでしょう」
小林 「なんや? 客人か。
 むっ!」

先生が身構えたのも無理はない。
セールスマンの巨大なのぼりには、
『不便屋』と大書されているのだ。

小林 「便利屋はいっときよく聞いたが、
 不便屋というのはなんや?」
不便屋 「近頃世の中が、便利になりすぎまして。
 やはりどこかに不便なところを
 残しとかないと、
 ためにならないのではないかと。
 そういった強い思いで
 事業を立ち上げたところ、
 贔屓もでてきまして」
北小岩 「どのようなことをされるのですか」
不便屋 「例えばお尻の割れ目の内側に、
 超強力マジックテープを
 複数取り付けまして、
 便をする時には、
 それをいちいちビリッとはがさなければ
 できないようにしたり」

北小岩 「・・・」
不便屋 「傘の生地を金魚すくいの紙にしたり、
 トイレットペーパーをラップのように
 引っ張りづらくしたり、
 パンツの足が出る部分をいくつもつくり、
 2つ以外は足を出せないようにしたり。
 そうだ、あなたのお宅もどうですか?
 今ならキャンペーン期間で、
 無料でお試しいただけますよ」
小林 「これも何かの縁や。
 やってもらおうか」

不便屋は家に上がりこむと、
一目散にトイレに向かった。
ほんの三分間。
彼はトイレの鍵部分に、何らかの細工を施した。

小林 「不便といわれると、
 便が出たくなるのが心情や。
 さっそくいってみるわ」

トイレの前に立った先生の顔がこわばった。

不便屋 「いつでも出したい時にドアが開くなんて、
 便利すぎます。
 わたくしどものところでは、
 このようにトイレの鍵と
 ルーレットを連動させ、
 100回に1回の割合でしか
 鍵が開かないようにするのです」


先生は真剣な面持ちになり、
ルーレットをやり始めた。
だが、何度やっても当たらない。

小林 「やばい。
 便がこんにちは状態や。
 はよう開錠せんか!」
不便屋 「無理です。
 一度設置すると、
 もう後には戻れません」
小林 「うっ!」

先生はお尻を押さえたまま、
その場にへたり込んだ。
どのような結果を招いてしまったかは、
印すまでもない。

便利すぎる世の中を是正すべく生まれた不便屋。
必要なような、不要なような。
微妙な存在であることは、間違いない。

小林秀雄さんへの激励や感想などは、
メールの表題に「小林秀雄さんへ」と書いて
postman@1101.comに送ってください。

2009-05-31-SUN

BACK
戻る