KOBAYASHI
小林秀雄、あはれといふこと。

しみじみとした趣に満ちた言葉の国日本。
そんな国のいとおもしろき言の葉を一つ一つ採取し、
深く味わい尽くしていく。
それがこの項の主な趣向である。



其の百九拾伍・・・寿司


小林 「近頃なんかうまいもん食ったか」
北小岩 「そうでございますね。
 パンの耳を干して、
 砂糖を振りかけたものが、
 一番美味でございました」
小林 「それはそれでうまそうな気もするが、
 時にはもうちっと贅沢した方が
 いいかもしれんな」
北小岩 「しかし、
 小林家はとことんつましく暮らすのが
 モットーではございませんか」
小林 「それにも限度があるっちゅうもんや。
 実は希少価値のあるエロ本を
 数冊古本屋に持っていったら、
 結構いい額になった。
 お前も弟子としてようがんばっとる。
 たまには寿司でも食いに行こうやないか」

何年間も高級なものを食べていない弟子の目は、
瞬時に澄み切った水をたたえた。
二人は駅の反対側にある寿司屋に向かった。

小林 「この店は俺も初めてなんやが、
 近所の旦那衆からは
 とても評判がええんや。
 期待できるで」

二人は胸をはって暖簾をくぐる。

「いらっしゃませ。
 ようこそ、江ろ前・珍寿司へ」

セクシーなハッピを着た女性店員が迎えてくれる。

「こちらへどうぞ」

案内にしたがい、店の奥に入ると。

「私は寿司鑑定人の『にぎりムラサキ』と申します」

北小岩 「自分のお店のお寿司を
 鑑定するのでございますか」
にぎり
ムラサキ
「違います。
 私が殿方のそこをにぎり、
 大きさや硬さ、形状などから、
 一貫一貫注文していくのです」
北小岩 「なんと!」
にぎり
ムラサキ
「初めての方には、
 わかりづらいですよね。
 ちょうどよかった。
 常連のKさんがいらっしゃったので、
 見ていてください」

Kさんは腰を前に突き出すと、
ムラサキの手が股間に伸びた。
左手ですくいあげるようにその部分を支え、
右手の人差し指と中指をぴんとさせると、
ギュッと力を込めてにぎった。

にぎり
ムラサキ
「特上の太巻きひとつ!
 しゃりは硬めに」

寿司職人 「がってんだ!!」

職人さんの景気のいい声が響く。
Kさんは、ありがとうと言って微笑むと
カウンター席に腰をおろした。

にぎり
ムラサキ
「次はYさんね。
 え〜、ギョクを二つ。
 爆弾サイズで。
 それからガリを高くして」
寿司職人 「がってんだ!!」
小林 「なるほどな。
 よ〜し、次は俺の番や。
 シャリがこちんこちんの
 特大クロマグロを注文されることは、
 間違いないやろな」

ムラサキの手が股間に触れると、
みるみる顔が曇っていった。

にぎり
ムラサキ
「細巻きをさらに細くして。
 それから、中のかんぴょうを抜いて
 わさびをたっぷり入れて。
 シャリは水を含ませふにゃふにゃに。
 あがりもお持ちして」
寿司職人 「がってんだ!!」


憮然とした表情で席に付いた小林先生。
次に鑑定してもらった弟子の長大軍艦巻きを取り上げると、
しゃくりあげながら頬ばるのであった。

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2008-06-29-SUN

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