小林秀雄のあはれといふこと

しみじみとした趣に満ちた言葉の国日本。
そんな国のいとおもしろき言の葉を一つ一つ採取し、
深く味わい尽くしていく。
それがこの項の主な趣向である。


其の六拾九・・・・インコ


「先生、商店街のはずれにできたお店
 ご覧になりましたか?」

「ああ。あそこには何か匂うものがある。
 一度行ってみる必要があるな」

小林先生は弟子の北小岩くんを伴ない、
怪しげな店の探察に出かけた。
軒先に『インコ商会』と書かれた
小さな看板がかかっている。
だが、小鳥を売っているわけではなさそうなのだ。

インコ商会 「いらっしゃい」
鳥打帽を被り、パイプをくゆらせた店主が
にこやかに応える。
店内にはカゴが一つしかなく、インコも一羽しかいない。

北小岩 「ここは小鳥屋さんではないのですか?」
インコ商会 「違います。
 うちではインコをレンタルしているのです。
 1泊2日で1万円。
 それ以降は1泊につき1万円が
 加算されていきます」
北小岩 「えっ?
 なぜレンタルインコが
 そんなに高いのですか?」
インコ商会 「うちのスーパーインコは
 特殊な技能を持っています。
 若い女性のあの時の声や
 セリフだけを選別して記憶するのです。
 おまけに記憶力が尋常ではありません」
小林 「ほほう、なるほどな。
 つまりこのインコをうら若き女性にあずけて、
 何日か後に返してもらえば、
 インコが女性の生々しい声を
 再現してくれるというこっちゃな」
インコ商会 「よくおわかりになりましたね。
 女性の部屋に
 盗聴器をしかけることは犯罪です。
 でもこのレンタルインコなら、
 捕まる心配なく女性のあられもない声が
 楽しめるというわけです」
北小岩 「でも1泊1万円は高いですよね」
北小岩くんが同意を求めようと思って
小林先生の方を見ると、
すでに先生は財布から3万円を取り出していた。
小林 「それでは、3泊4日でお願いします」
小林先生は鼻の下を伸ばし、
鳥カゴをさげて家に帰ってきた。
小林 「隣のアパートに、
 美しいOLはんが引っ越してきたやろ。
 金曜日にあの娘にあずけるんや。
 日曜日まで家を留守にするからといえば
 だいじょぶやろ。
 あのなまめかしい姿態や。
 金、土、日のどれかに彼氏が来て
 楽しまんわけはないやろな」
北小岩 「・・・・」
金曜日の朝、
北小岩くんがインコを連れてOLの家に行った。
最初は困惑した表情を浮かべていたが、
北小岩くんの熱心さに負けて
あずかってくれることになった。
小林 「でかしたぞ、北小岩!
 ええか、今日から日曜まで
 完璧に居留守するんや。
 電気をつけたらあかん。
 テレビも観てはあかん。
 トイレも流すのは止めとこう」
こうして二人は、
日曜まで物音一つさせずに家の中で過ごした。
そして夕方、北小岩くんがインコを迎えに行った。
小林 「さて、どんなウハウハな声を
 記憶してくれとるんやろな。
 考えただけでも興奮してくるわ。
 インコはん、ほないってみまひょ〜」
インコ 『あ、あ〜ん、う〜ん』
小林 「えっ、ええやないか。
 ほんまにリアルやな。
 あのお嬢さん、あんなに清楚な顔をして、
 こんなにいい声を出しとったんか。
 えらく興奮してきたわ。
 はっ、はよう続けい!」
インコ 『だめ〜、僕、もうイッちゃいそう』
小林 「僕?」
インコ 『僕、一人で先にイクからね。
 あ〜〜〜〜〜〜〜〜!』
小林 「あかん!これは男の声や!!」
北小岩 「そういえば、
 近頃大きなよがり声を上げる男が
 増えていると聞いています」
小林 「そうや。
 その上こいつはとんでもなく高い声で
 よがりやがったんやな。
 だから、インコが
 女の声と間違えて記憶してしまった。
 それにしても一人で先にイクとはどういうこっちゃ。
 情けないにもほどがあるで。
 それでも日本男児か、このどアホ〜〜!!!」
悔し紛れに怒りをぶちまける小林先生だったが、
インコは軽蔑した眼差しで先生を見下すと
男のセリフを続けた。
インコ 『僕のよかった?
 ねえ、よかった? よかった?』

OLの彼氏が情けない男であることは確かである。
だが、一番情けない男は彼ではないだろう。
それは3万円も払ってインコを雇い、
人様の房事を盗み聞きしようとした
先生と呼ばれる小物に違いない。

2002-05-05-SUN

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