いいものを編む会社。ー気仙沼ニッティング物語 2011年の11月、糸井重里の発案で ひとつのプロジェクトがじわりと動きはじめました。 それは、編みものの会社をつくるプロジェクトです。 拠点となる場所は、東北の気仙沼。 「ほぼ日」の支社がある漁師町で 最高のフィッシャーマンズセーターをつくることが、 「その会社」の仕事です。 セーターは、手編み。 編み手は、気仙沼のおかみさんたち。 すばやく大量にはつくれないけれど、 編む人がたのしくて、買う人がうれしい! そんな、わくわく感で両者がつながる セーターづくりを目指していきます。  プロジェクトで決まったことや進んだことを、 すこしずつ不定期におしらせしますね。 「気仙沼ニッティング」のレポートは、ここから。

アラン諸島にて。(後編)

アラン諸島には、糸井重里も同行していました。
とはいえテレビ番組の撮影班として動く糸井と、
3人の女性たちは基本的に別行動。
それぞれに、編みものに関わる場所や人を訪ねていました。

それでもアラン諸島はちいさな島々。
お互いが、ひょっこり出くわすこともたびたびです。



何度目かの「ひょっこり」のとき、
やや興奮気味の糸井がこんなことを教えてくれました。

「たったいまぼくが会ってきた女性に、
 みんなもぜひ会うといいです。
 ずいぶん昔にだんなさんと別れて、
 ひとり暮らしをしながら編みつづけてきた人で‥‥。
 いや、すばらしいんですよ。
 会ってみてください、会えばわかるから。
 ピンクのシャツの、すごくキュートな女性です」

3人はさっそく、その女性を訪ねることに。
ひとり暮らしのご自宅へと向かいました。

出迎えてくださったのが、こちら、
シボン・マックギネスさんです。



かつては編みもので生計をたてていましたが、
病気がちな現在は数多く編むことをやめ、
友人や姪っ子のためにだけ編んでいるのだとか。

窓辺に、
編まれたばかりのちいさなセーターがありました。




ことしの11月に、
姪っ子さんに赤ちゃんがうまれるのだそうです。

「こういう柄で編んでほしいとか、
 こんなかたちのも編んでとか、
 姪からたくさんリクエストがきてるんです。
 だからいまは、それを編むのがとても忙しいの」

微笑みながらそうおっしゃるシボンさん。
編みもののたのしさについて、うかがってみました。



「編むことそのものに、よろこびがあります。
 気分が落ち込んだりしたときには、
 編みものをすると心が落ち着きます。
 いつも何かを編んでいたし、
 手を動かすことを必要としていました。
 大好きな編みものに没頭していると無心になれるのです」



「だれかに編んでほしいと頼まれたときには、
 着る人の生活や人生を聞いて、
 その人の物語をつくるような感覚で編みます。
 いまは体調を崩したので
 決まった人のものしか編んでいませんが、
 以前は遠くから来た観光客のセーターも編みました。
 するとね、
 写真を送ってくれることがあるんです」

それがわたしの宝物、とシボンさんは、
一冊のスクラップブックを見せてくださいました。



ページを開けば‥‥。



セーターを着た人々の、うれしそうな顔が。



買った人たちがこんなによろこんで、
つくった人もこんなにうれしそうで‥‥。



スクラップブックを見せていただいたお礼に、
というわけでもなかったのですが‥‥
撮影をしていた「ほぼ日」の山川が、ふいに、
持っていた三國さんの本をシボンさんに手渡しました。

このときのことを、
3人はきっとずっと忘れないでしょう。



食い入るように三國さんの本を見つめるシボンさん。

ふたりの「編む人」のあいだに、
尊敬に満ちた時間がしずかに流れます。

すべての写真を見終わるまでに聞こえたのは、
「ビューティフル‥‥ラブリー‥‥チャーミング‥‥」
シボンさんの、ため息のようにちいさな声だけでした。



目を通し終わったシボンさんが、
その場にいるみんなに言いました。

「ねえ、あなたたち、なにをしているの?
 わたしに取材をしている場合じゃないでしょう!?
 マリコ・ミクニの話をきかないと(笑)」



恐縮する三國さんに、
シボンさんはさりげなくぽんと、毛糸をプレゼント。



それからさらに、
4人の女性は編みものについてのおしゃべりを重ねました。
気がつけば‥‥ああ、もうこんな時間。
そろそろ、おいとまをしないと。
お礼を言って部屋を出ようとした3人に、
シボンさんからお別れのメッセージが‥‥

「みなさんにお会いできて、ほんとにうれしかったです。
 マリコ・ミクニといっしょに働いている人は
 きっとそのことを誇りに思っていることでしょう。
 彼女の才能は天から与えられたギフトです。
 すてきなものをたくさん編んでね。グッドラック!」



お別れは当然、なごり惜しく。



「こんなに遠くに住む人に
 また会いましょうなんて気軽には言えない」
そんな正直なことを3人は思ったのかもしれません、
せめて大きく手を振って「バイバイ!」を言いました。
バイバイ、ありがとう! バイバイ!!



長い旅も、そろそろ終わりです。



岩と海の景色が、せつなく見えてきました。



編みもの作家、三國万里子さん。



「気仙沼ニッティング」
プロジェクトリーダー、御手洗瑞子。



気仙沼「斉吉商店」、斉藤和枝さん。



3人の女性は、
ヨーロッパの西の果てのちいさな島で、
たくさんのニットと、それを編む人々に出会いました。

まだ言葉にはうまくできないけれど、
編みものに関する、
たっぷりとゆたかな何かを感じ取りました。

船の時間が近づきます。

テレビ撮影班の糸井重里と合流。


▲NHK BSプレミアム「旅のチカラ」撮影スタッフと記念写真。

「なかなか過酷な旅だったけど、
 やっぱりここまで来てよかったね」と糸井重里。



船に乗り、列車に乗り、飛行機を乗り継いで‥‥
一行は日本へ帰りました。



帰国後、
3人の女性たちはそれぞれに、いつもの日常へ。

およそ6週間が経った2012年7月26日のこと。
NHK BSプレミアムで、「旅のチカラ」が放送されました。
タイトルは、
「シアワセの編み方を探して
 〜糸井重里・アイルランド・アラン諸島〜」。

撮影現場にいなかった3人の女性たちはもちろん、
糸井自身も番組をみるのははじめてです。

番組の冒頭、
「気仙沼のほぼ日」に集まる
編み手のみなさんの姿が映りました。
その中のおひとり、
千葉淑江さんという女性が質問に答えます。



「不安でいるよりはね、
 なにか一針でも刺していれば安心するから。
 津波の後、自分が不安になったとき、
 ひと晩に一本ずつ針を刺してて‥‥
 そいつを刺してるだけで、ほっとすんだよね」

シボンさんのことを思い出しました。



「編むことそのものに、よろこびがあります。
 気分が落ち込んだりしたときには、
 編みものをすると心が落ち着きます。
 いつも何かを編んでいたし、
 手を動かすことを必要としていました。
 大好きな編みものに没頭していると無心になれるのです」

番組では、
アラン諸島での様々なことを糸井が伝えてゆきます。

あの島で味わった、あの感覚、
うれしくて、よろこばれて、またうれしくて‥‥。
あの感じがまたよみがえります。

番組の中の糸井重里が、
その感覚を、いくつかの言葉にして届けてくれました。

 


▲どこまでも岩が並ぶ、アラン諸島の景色。
「この岩の並びは、編みものの目のようですね。
 手編みって、
 まばらだったり、でこぼこしてたりでそろってない、
 同じ目がひとつもない。
 その曖昧さが、人のつくる物にある、
 心臓がどっくんどっくんいってる感じなんです」

           ────(番組内で糸井が)

 



▲ゆたかな港町、気仙沼の景色。
「つくる人はたのしいし、買う人はうれしい。
 だったら人間がやってて良かったねっていう仕事は
 東北文化圏のこれからの産業にならないかな、
 っていう欲が、ぼくにはあります」

           ────(番組内で糸井が)

 

番組のしめくくり。
旅先で糸井が書いたひとつのメモが、
画面に映し出されました。

その言葉によって、
「気仙沼ニッティング」は、
目指すべき方向をはっきりと決めることができました。

 

大事にされているという感じ。
そのセーターを着たときに、
わたしは大事にされていると、
すっと口元がほころぶ。
それが、うれしいセーター。


 

「気仙沼ニッティング」は、
オーダーメイドのセーターづくりを目指します。

 

(つづきます)


2012-11-05-MON

 

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