カワイイもの好きな人々。
(ただし、おじさんの部)

7月末のよく晴れた昼下がり。
山梨県北杜市の、とある施設に僕はいます。
「あ、ほらそこにオスがいますよ」
清井義雄さん(54)は、
緑のなかにひるがえる紫の生物を
やさしそうな笑顔で指さすのでありました。


第57回
オオムラサキはカワイイ


山下 ほんものの、オオムラサキ‥‥。
清井 きれいでしょ?
山下 はい、それはもう‥‥。
国蝶、日本を代表する蝶‥‥。
図鑑でしか会えないものと思ってました。
清井 そうですか。
たくさんいますから、さあ行きましょう。
山下 はい!

この日僕は、私用で山梨県を訪れていました。
車を運転していて、ふと見つけた看板。
「北杜市オオムラサキセンター」。
オオムラサキといえば、子ども時代の憧れ。
昭和32年、日本の国蝶に指定された昆虫。
図鑑や切手に印刷されたその美しい姿を僕は
飽きることなく眺めていたものです。

迷わずセンターに立ち寄ってみると、
案内図に「生態観察施設」という文字が。
「ほんものに会えるかも‥‥」
この時点で僕は取材を決意していました。
国蝶を愛でる中高年男性が、
必ずやいらっしゃるに違いありませんから。
果たして、受け付け付近を見渡せば
すばらしい笑顔でたたずむおじさまが1名。
それが、清井(せいい)義雄さんなのでした。

快く取材を受けてくださった清井さんは、
「生態観察施設」へと案内してくださいました。
それはこのような入り口です。


温室のような雰囲気の中を
ゆっくり歩きながら、
お話をうかがってまいりましょう。


清井 ここでは生きているオオムラサキを
一年を通して観察できるんです。
山下 は〜、広いですねえ。
雑木林のような‥‥。
清井 エノキですね、
ムーちゃんはエノキの葉しか食べないので。
山下 え? ムーちゃん?
清井 オオムラサキの幼虫のことを
職員はムーちゃんと呼んでいるのです。
山下 そうですか、いい呼び方ですね。
清井 はい、しかしあの‥‥。
山下 なんでしょう。
清井 ご案内するのは私でよかったのでしょうか、
もっと詳しい学芸員もおりますが‥‥。
山下 いえ、清井さんで。
もう、直感でそう思いましたので(笑)。
清井 なにしろ私は臨時職員ですから‥‥。
山下 ということは、ほかにご本業が?
清井 ええ、養鶏業をやっております。
山下 そうですか養鶏を。
‥‥ん?
ああ、そこに集まってますねえ。
清井 みていただきやすいように、
エサ台を設置しているんです。
山下 さりげなく、カブトもいますよ。
清井 はい、自然界ではオオムラサキも
カブトムシと同じように
樹液を吸ってますので。
山下 ‥‥集まってきた。
あっちにも、ここにも‥‥。
すごい数です。
清井 7月10日ころのピークには、
いちにちに100近く羽化するんですよ。
山下 そんなに。
清井 いまはもうだいぶ減って、
オスも少ないんですけどね。
山下 なるほど、羽が紫色じゃないのが多いです。
これはメスなんですか。
とはいえ立派です、おおきいし。
清井 堂々としたものですよ。
山下 ああ、オオムラサキがこんなに‥‥。
何度もいいますが、図鑑でしか知らなくて
子どものころあこがれていた国蝶に、
この年齢になって会えるなんて‥‥。
たいへん感動しています。
清井 そうですか、そう言っていただけると。
山下 ‥‥ん? あれ? 清井さん、
そちらのお客さんの帽子に。
清井 わりと人間をこわがらないんです。
山下 へえ〜。
清井 このエサ台のそばにいると、
とくに寄ってきますよ。
‥‥ほら、足もと。
山下 え? わあああ。
清井 じっとしててみてください。
もっと寄ってきますから。
山下 はい(じっとする)。
清井 そっと手をだして‥‥。
山下 はい(手を出す)。
‥‥‥‥‥‥あ、あ、あ。
とことこ歩いてのぼってきました。
清井 ね。
山下 すごいなあ‥‥。
さすが国蝶、まったく物おじしないですね。
山下 ‥‥感動です。
清井 私の手にも、ほら。
山下 ほんとだ‥‥。
清井さん、よおくみますと
ひょうきんな顔をしてますよね。
清井 そうですか?
山下 あ、いや、清井さんがではなく、
オオムラサキがですよ。
清井 ええ、ええ(笑)。
山下 ほら、拡大した写真をみてくださいよ。
清井 ほほう。
山下 ひょうきんです、
ひょうきんでかわいいですよね?
清井 ‥‥じつはですね。
山下 はい。
清井 私はここに勤めて2年になるんですが、
その前まではですね、
何が嫌いかって、蛾が大嫌いだったんです。
山下 そうですか‥‥チョウチョもですか?
清井 すこし(笑)。
ところが、ここに来て標本の整理などを
しながらいろいろ調べているうちにですね、
ほお、蛾もおもしろいじゃないか、と(笑)。
なんでも知りゃあ好きになるよと、
そう思うようになりました。
山下 今ではオオムラサキもかわいい、と。
清井 かわいい、ですか‥‥。
かわいいってことでいうと、幼虫ですね。
山下 あ、幼虫、ムーちゃんですね。
清井 はい、顔がかわいいんですよ。
山下 成虫はどうでしょう。
清井 成虫はダイナミックだと思います。
山下 なるほど(笑)。
清井 幼虫、おみせできるといいのですが‥‥。
山下 いますでしょうか。
清井 どうでしょう、だいぶ羽化しちゃったので。
でもたしかあっちのエノキに‥‥。
行ってみましょう。
山下 はい。

施設の奥へと、僕をいざなう清井さん。
清井さんはどうやら、
どのエノキにどれくらい幼虫がいるのかを
おおむね把握しておられるようです。
しかし相手は生き物、移動もします。
かわいい顔とおっしゃるムーちゃんは、
なかなかみつかりません。


清井 あ。
山下 ムーちゃんですか!
清井 いや、ほら、サナギがありました。
山下 え? どこに?
清井 ここですここ。
山下 ああ、これは気づきませんねえ、
みごとな擬態です。
清井 で、ムーちゃんですよねえ(探す)、
いなくなっちゃったかなあ‥‥。
山下 成虫になっちゃったとか?
清井 いや、あの子はまだだと思うんですよ。
‥‥あ、いました、いましたよ。
山下 あ、ああ! いたいたいた!
これがムーちゃんですか。
清井 顔がもうちょっとみえるといいんですが。
山下 ツノが2本ありますね。
これは触覚ですか?
清井 え? このツノですか、
ええと、触覚ですかねえ、武器?
山下 武器。
清井 いや、すみませんわかりません。
しろうとなもので申し訳ないです。
山下 いえいえいえ。
ちょっとうしろ姿も撮りますね。
清井 幼虫は、エノキの葉が落ちると
下に降りて落ち葉の中で越冬するんです。
そして、春になるとまたのぼってくる。
そういうのがですね、うれしいです。
かわいくも思います。
山下 そうですか。
清井 でも、顔がいちばんかわいいんですけど
これ隠れちゃってて‥‥
みせてくれないかなあ。
山下 ‥‥‥‥‥‥(何かをみつける)。
あの、清井さん。
清井 なんでしょう。
山下 そこの枝で‥‥。
清井 枝? ‥‥‥‥ああ。
山下 すばらしいですね‥‥。
山下 産卵を見られるなんて‥‥。
清井 ラッキーでした。
山下 おかあさん、羽がぼろぼろです。
清井 ええ。
でも、あの卵からまた
ムーちゃんたちが産まれます。
来年の夏には元気にここを
飛び回っているはずです。
よろしければまたいらしてください。
山下 ‥‥はい。
きょうは貴重なものをたくさん、
ほんとうにありがとうございました。


2006年の
かわいい夏の思い出ができました。

帰宅してから、
「北杜市オオムラサキセンター」の
ホームページを拝見しましたら、
たしかにかわいいムーちゃんの
お顔をみることができました。
こちら、画像を拝借してまいりました。


残念ながら、
ことし成虫をみることはもうできませんが
ムーちゃんたちにはもちろん会えます。
羽化のピークは7月10日ころ、
その後8月中旬くらいまで
成虫は施設内を飛んでいるそうです。
気の早い話ですが、
来年の夏はぜひ。ほんとにすばらしいです。

「北杜市オオムラサキセンター」のHPは
こちら↓の画像をクリック。


2006-08-23-WED

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