カワイイもの好きな人々。
(ただし、おじさんの部)

11月のよく晴れた祝日、午後1時。
東品川に建つ素敵な居住型マンションの
リビングルームに僕はおります。
 
「冬前なので、最近よくエサを食べるんです」
武藤仁さん(35)は、
ちょっとハスキーなお声でそう言うと、
ケージの中でバナナチップをかじる小さな動物を
やさしい微笑みで見つめるのでありました。

第47回
コムギちゃんは
カワイイ。

山下 はあああ‥‥この子がコムギちゃんですか。
武藤 ええ、コムギちゃんです。
山下 シマリスのコムギちゃん。
武藤 はい、シマリスの、女の子です。
山下 ‥‥た、たまんないです。
武藤仁さん(既婚)は、
某ゲームソフト会社に勤める35歳。
祝日のこの日、武藤さんはラフなジーンズ姿で
僕を出迎えてくださいました。

武藤さんと僕が出会うまでには
ちょっとしたいきさつがあったのですが、
そのお話は、すこしあとまわし。
まずは、コムギちゃんと暮らすことになった
きっかけなどからうかがってまいりましょう。

武藤 きっかけはですね、5年ほど前に
女房が知人からもらってきたんですよ。
リスを飼っている知人の家で
子リスが生まれたというので。
山下 なるほど、奥様が。
武藤 でも最初女房はのり気じゃなかったんですよ、
小動物に興味がなかったみたいで。
ノリノリになったのは僕なんです。
山下 お好きなんですね、小さい生き物が。
武藤 ええ、昔は鳥とかよく飼ってました。
でもリスっていうのははじめてで‥‥。
山下 どうですか飼ってみて、かわいいですか。
武藤 かわいいですねえ(笑)、
女房もすぐ夢中になりました。
山下 どういうところが、いちばんかわいいですか?
武藤 そうですねえ、うーん、なんでしょう‥‥
なつかないところ?
山下 ‥‥ああ〜、はいはい、わかります。
もどかしい。
武藤 そうそう、もどかしい!
山下 僕はうさぎを飼っているのですが、
もどかしいのは、たまらないですよね。
呼んでも犬のように来ないし。
武藤 ええ、呼んでも来ない。
でも、たまに偶然来たりすると‥‥
山下 それがうれしい! わかりますわかります!
武藤 あとはこの、手ですねえ。
山下 手。
武藤 ちっちゃい手でエサを持って食べる仕草が。
いまはその手で、顏を洗ってますけど。
山下 (笑)すっごいていねいに洗ってますね。
武藤 ご飯を食べたあとなので。
山下 ははは、まだ洗ってる。
武藤 この、仕草がねえ‥‥。
山下 ‥‥ん? おお、
急に元気に走り出しました。
武藤 何か食べてるときだけなんですよ、
一カ所にいるのは。
山下 こ、これは(カメラで追う)‥‥
素早くて写真がうまく‥‥ああ、だめだ‥‥。
武藤 クルミをあげてみましょう。
まだ食べるかもしれないので‥‥。
(クルミをケージに差し入れ)コムギちゃん、
ほら、クルミ、クルミだよ。
コムギ とととと(クルミに近づき)、
サッ(クルミを奪い)、
とととと(ケージ中央に戻る)。
山下 あ! クルミを、ほお袋にしまってます!
武藤 もうお腹いっぱいなんですね。
‥‥じゃあ、ちょっと出してみましょう。
(ケージの扉を開ける)
山下 ケージのそとにも出すんですか。
武藤 はい、いちにちに1時間くらいは。
コムギ ひょい(ケージから出る)、ととととと、
ととと、とととととととと‥‥。
山下 ‥‥どこに行くんでしょう?
武藤 あそこですよ、あそこの飾り棚。
コムギ ととととととと、ひょい(飾り棚の中へ)。
山下 中へ入っちゃいましたが‥‥。
武藤 あの棚の奥にですね、ティッシュやら
ビニールやらを運んでつくった、
もうひとつの巣があるんですよ。
食べきれないエサを、そこに貯めるんですね。
山下 はあ〜、クルミをしまいにいったんだ‥‥。
コムギ ひょい(棚から出てくる)、ととととと‥‥。
山下 ん? ‥‥どっかにいっちゃいましたね。
武藤 ちっちゃくてすばしっこいですから、
すぐ見失うんですよ。
山下 ‥‥‥‥‥‥。
武藤 ‥‥‥‥‥‥。
山下 ‥‥‥‥出てきませんね。
武藤 まあ、そのうち出てくるでしょう。
山下 ‥‥‥‥あ! 武藤さん、うしろ!
コムギ ととととととと‥‥(ソファの陰へ)。
山下 またいなくなりました。
もうちょっと写真を撮りたいのですが‥‥。
武藤 うーん、みかんで誘えば出てくるかも‥‥。
(みかんをむいて手につまみ、しゃがむ)
おーい、コムギちゃん、
ほら、みかんだよー、みかーん。
コムギ ひょい(家具の裏から顔を出す)。
山下 あ、いた。
コムギ とととととととと(みかんに向かって走る)。
武藤 よーしよし、こっちだ。
コムギ とととととととと(みかんに向かって走る)。
山下 撮ります、食べてるところを!
コムギ ととととととと‥‥‥‥。
武藤 あ‥‥。
コムギ ととと‥‥‥(家具の裏へ消える)。
山下 ‥‥‥スルーしました。
やっぱりお腹いっぱいなんですね。
武藤 じゃあ、こうしましょう(冷蔵庫を開ける)。
コムギはこのヨーグルトが大好物なので、
これをこうやって(スプーンですくう)、
床に置いて待ちましょう(置く)。
山下 なるほど、定点観測ですね。
武藤 ええ、追いかけても撮れないので、
ここで待つのがいいと思います。
山下 わかりました(カメラを構えて待つ)。
武藤 ‥‥‥‥‥‥‥‥。
山下 ‥‥‥‥‥‥‥‥。
武藤 ‥‥‥‥‥‥‥‥。
山下 ‥‥‥‥‥‥‥‥。
武藤 ‥‥‥‥‥‥‥‥。
山下 ‥‥‥‥‥‥来ませんね。
武藤 ‥‥いつもと違う気配を
感じているのかもしれません。
山下 ‥‥なにかこう、
さりげなくお話でもしてましょうか。
武藤 そうですね、さりげなく。
山下 ‥‥なにを話しましょう。
武藤 なにがいいですかね‥‥。
山下 ‥‥シマリスといえば、しま模様ですよね。
武藤 はい、しま模様。
山下 動物のしま模様についてですね、
前から思っていたことがあるんですよ。
ああいうしま模様って、ほら、
子鹿とかイノシシの子どもにもあるでしょ?
あのしま模様は、かわいいと思わせるための
信号ではないかと、僕は思うんです。
母性本能を刺激するサインというか。
その、しま模様が、シマリスには
大人になってもずっと残っている。
これはある意味、自分を防衛するための
進化の結果なのではないかと思ったんです。
つまり、天敵の肉食動物に、
「こんだけかわいらしいのに食べるの!?」
「ムリでしょ? そんなことできないでしょ?」
っていうメッセージを投げかけて‥‥。
武藤 (小声で)山下さん山下さん‥‥。
山下 はい? ‥‥‥‥あ。
武藤 (小声で)撮れましたか?
山下 (小声で)は、はい、撮りました。
武藤 (小声で)ヒマワリのタネも、
食べるかもしれません(ぱらぱら足元にまく)。
コムギ ととととと‥‥‥ぽりぽりぽり。
山下 わ‥‥。
ぜひ、しま模様を‥‥(そっと背後にまわる)。
武藤 (小声で)食べてるときは、ちょっとだけ
触らせてくれるんですよ、ほら。
山下 (小声で)ほんとおだあ。
‥‥近くでもう1枚。
武藤 (小声で)どうです?
山下 (小声で)素晴らしいのが撮れました。
コムギ とととととと(急に山下に接近)。
山下 あれ? む、武藤さん、コムギちゃんが、
僕の足にくっつきます!
武藤 それはたいへん珍しいことです。
なついているのです。
山下 え、ほんとですか?
武藤 ええ、警戒していたら
ぜったいそんなことはしませんから。
山下 そうですか、じゃあ、僕もすこしだけ
触らせてもらえるかも‥‥(手をのばす)。
コムギ (逃げる)とととととととととと、
ととと‥‥ひょい(ケージに入る)。
山下 ‥‥ああ、もどかしいなあ(笑)。
こうしてコムギちゃんの撮影はとりあえず終了。
ソファでコーヒーをいただいていると、
武藤さんが数枚のポストカードを
持ってきてくださいました。

武藤 これ、ですよね?
山下 ああ! はい、まさしく!
この写真の、このぬいぐるみです!!
武藤 実物もお持ちしました(手渡す)。
山下 ‥‥‥‥す、素晴らしい‥‥。
2年ほど前のある日、僕は原宿の個展で
このリスのぬいぐるみに出会っておりました。
「なんというかわいらしさか!」
心をわしづかみにされた山下は後日、
作者の福士悦子さんという方に連絡をします。
メールでやり取りを続けるうちに、福士さんが、
本物のリスを飼っていることを知りました。
しかも、福士さんのご主人は、
リスをたいへんかわいがっているとか‥‥。
そのご主人が、武藤仁さんなのです。
(福士さんは旧姓です)
偶然のぬいぐるみとの出会いから、
武藤さんというおじさんにつながり、
コムギちゃんをご紹介できることになった次第。
さとしも歩けばカワイイものに当たる。
お話は続きます。

山下 奥様のこのぬいぐるみには、
ほんとうに一発でやられてしまいました。
武藤 シマリスのぬいぐるみを探しても
ぜんぜん見つからなくて、
なら自分でつくろうと思い立ったそうです。
山下 やはりこの、手がいいですよねえ。
良い意味で無造作な感じが‥‥。
武藤 手づくりのぬいぐるみなんて
買う人いるのかなあと横で見てたんですが、
これがなかなか評判のようで。
山下 そうでしょうとも。
武藤 でも最初につくったこの子だけは
手放さないようですよ。
旅先にも僕ら、連れていってますから。
ほら(ポストカードを差し出す)。
山下 わあ(笑)、いいですねえ。
武藤 こんなのも。
山下 ははは、もう、まいっちゃいますね‥‥。
しかし、武藤さんの奥様は、
つくづく素晴らしいものをつくられました。
このさい武藤さんも、コムギちゃんをモデルに
何かつくられてはいかがですか?
武藤 ‥‥‥‥いや、実は僕も。
山下 え? な、なにかあるんですか。
武藤 ちょっと、お待ちください‥‥(隣室へ)。
‥‥(戻ってくる)‥‥こ、これです。
山下 ‥‥す、すごい。‥‥本格的ですね。
武蔵 美大で油絵などをやっていたので‥‥。
コムギの寝姿を描きました。
山下 はい、よく眠っています。
‥‥ん? 武藤さん、本物のコムギちゃんも、
たくさん食べて運動して、
ちょっと眠たそうじゃないですか? ほら。

「また、もどかしがらせてやろうかしら」


思わず握りしめたくなるほどの、
そんな気持ちにさえなるほどの、
かわいらしさでありました。

武藤さんの奥様、
福士悦子さんがつくる
ぬいぐるみについての詳しくは
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というわけでみなさま、
お約束よりだいぶ遅れての
復帰となってしまいました。
今後もマイペースではありますが、
かわいい探しを続けさせていただきます!

2005-11-09-WED

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