カワイイもの好きな人々。
(ただし、おじさんの部)

春分の日の前日、午後3時。
茨城県鹿島港の砂浜に、僕はいました。

高沢雄一さん(年齢秘密)が、
「これ、かわいいかな?」
と拾いあげた一枚の貝がらを
こちらにぽーんと投げてよこします。
ぎこちなくキャッチした山下は、
眼前に広がるすばらしい風景に
その貝がらを重ねてみるのでありました。


第34回
春の海はカワイイ。

山下 ああ‥‥きれいですねえ、
貝がらも、海も、ほんとにきれい。
来てよかったです。
高沢 きょうは天気もいいし、気持ちいいよな。
山下 はい。春ですね、もうすっかり。
高沢 海もおだやか。春の海だ。

この前日、僕は唐突に思い立ちました。
「春の海はきっと、他の季節よりずっと、
 かわいい表情をしているに違いない」

高沢雄一さん(既婚・子供2名)は、
海の近くで暮らす僕の叔父さんです。
元歌手で、現在は居酒屋のオーナーを
なさっているちょっと変わった経歴の叔父さん。
僕の妻の母の弟という、やや遠い親戚。
やや遠いだけに、すこし遠慮がちに、
電話で取材をお願いしてみましたら‥‥
「おう、からだひとつでおいで」
とふたつ返事で引き受けてくださいました。

翌日、ハイウェイバスで駆けつけた僕を
叔父さんは早速海へと案内してくれました。
叔父さんの案内は、なんというか‥‥
そう、「やさしいマイペース」。
言葉少なにぽつぽつと語りながらも、
どんどん僕の前を歩いていきます。


山下 そうですか、
やっぱり春の海はおだやかですか。
高沢 いつもはもっと波が高いから。
山下 そうですよね、
僕は勢いでここまで来たわけですが、
よく考えてみればここは鹿島灘ですものね、
波の荒さで名高い鹿島灘。
高沢 ツいてるよな、山下くんは。
春の海はたしかに静かだけど、
こんな日ばかりじゃないからね。
山下 はい、ラッキーでした。
ああー、きっもちいいなー!(背伸び)
‥‥サーフィンの人がいますね。
高沢 あの人はだいぶ物足りないよな(笑)。
山下 でしょうねえ、この波では(笑)。
‥‥ん? 叔父さん、これみてくださいよ。
高沢 ああ、貝がらだね。
山下 これちょっと、丸くてよくないですか?
高沢 (笑)いっぱい落ちてるから、
おみやげにするといいよ。
山下 はい(拾う)、そうします。
よし、海を背景に写真も撮っておこう。
高沢 (デジカメをのぞき込み)お、いいじゃない。
山下 午後の日差しがまろやかで‥‥。
‥‥あ! 叔父さん、ヒトデ!
ヒトデが落ちてました!!
高沢 ほう‥‥。
いくらでも見かけるものだけど、
そうやってあらためて見ると、
なかなかいいもんだね。
山下 かと思ったらほら、こんなのも。
高沢 ははは、犬の足あと。
山下 さっき散歩してる人がいましたよね。
高沢 春の海に、犬の足あと。
山下 ‥‥なんか、いいですね。
高沢 なんだか、いいよな。
山下 ‥‥春の海辺は、
かわいらしいものにあふれてます。

しばし僕は砂浜できょろきょろと、
きれいな貝がらなどを探しては
拾い続けるのでありました。


山下 こ、これはひょっとして‥‥。
山下 (拾う)叔父さん‥‥‥‥あれ?
山下 (貝がらを持って走る)叔父さーん。
高沢 おう、山下くん、
こんなのがあったぞ(足元を指さす)。
山下 え? な、なんでしょうこれ(拾いあげる)。
高沢 フジツボ。
山下 ふ、フジツボぉ?
高沢 かわいくないけどな。大きいだろ?
山下 は、はい、フジツボの概念が
根底からくつがえされました。
高沢 おおげさだなあ(笑)。
で? 君はなにかみつけたの。
山下 あ、これです(拾った貝がらをみせる)。
高沢 はまぐり。
山下 やっぱりそうですか!
高沢 このあたりは天然物が捕れるからな。
うまいぞー、天然物は。
山下 なるほどお‥‥‥‥おや?
高沢 またなんかみつけたな(笑)。
山下 (拾う)これは‥‥。
高沢 ああ、なんてったっけそれ。
山下 タコノマクラだ!
高沢 そうそう、タコノマクラ。
たしかウニの仲間なんだよな。
山下 はい。花びらが5つついてるような‥‥。
ああ、でも残念です。
これは真ん中に穴があいちゃってる。
きれいなの、ないですかねえ‥‥。
高沢 そうか、そんなのがほしいんだ‥‥。
山下 ええ、あればいいなと思います。
高沢 ‥‥あ! おい、あったぞ!(拾う)
山下 え!? タコノマクラ?
高沢 ちがうよ、ほら(手渡す)。
山下 ‥‥(受け取る)は、はまぐりだ!!
高沢 ちっちゃいけどな(笑)。
ちゃんと中身も入ってる天然物だ。

しばし僕は波打ち際できょろきょろと、
天然はまぐりとタコノマクラを
探し続けるのでありました。


山下 叔父さん、なかなかないですね‥‥‥あれ?
山下 (いろいろ持って走る)叔父さーん!

波打ち際を走る山下哲、42歳。
オフショアの風が心地よく全身にあたります。
息を切らして追いつくと、叔父さんは
堤防のたもとのテトラポットの上に
すっくと立っておりました。


高沢 よし、テトラをのぼるぞ。
山下 はあはあ‥‥え? テトラ?
高沢 そう、この堤防の先っちょで
はまぐり漁をしてる人がいるから。
よいしょ(ひょいひょいのぼる)。
山下 わ、わかりました(もたもたのぼる)。
‥‥いろいろ持ってるもんだから(もたもた)、
どうもこの‥‥わわ、危な(もたもた)。
よいしょ、よっこらしょ‥‥
よっこいしょっと(堤防の上に出る)。
叔父さん、はまぐり漁って‥‥‥あれ?
山下 (もたもた走る)叔父さーん!

堤防を走る、42歳。
それはまるで、沖に向かって
羽ばたいていくような感覚でした。
堤防の先っちょでは、
叔父さんが漁師のおじさんと話しています。


高沢 ‥‥おう、山下くん。
ほら、みてみなよこれ。
山下 ‥‥え? ええ? これが?
高沢 そう、天然はまぐり。
捕れたてを借りたの。大きいだろ?
山下 は、はい、こんどははまぐりの概念が
根底からくつがえされました。

それから僕と叔父さんは、
堤防から再び砂浜へ降りて
波打ち際をのんびり歩くのでありました。
歩きながら叔父さんは、
いろいろなお話をしてくださいます。
モテモテだった歌手時代のこと。
その歌手をスパッとやめて創業した
飲食店でのご苦労と成功の経緯。
自然が、海が、そして釣りが大好きで、
鹿島に家を建てて引っ越してきたこと。
ローズマリーという名前の
若くて美しい奥様のこと。
その奥様との間にうまれた
ふたりの男の子のお話、などなど‥‥。

太陽の光に、
すこしオレンジ色が加わってきました。


山下 叔父さん、ほら、沖に大きな船が。
高沢 ‥‥ああ、いいねえ。
山下 ‥‥ほんとにおだやかですよねえ。
高沢 べたなぎってやつだよな。
‥‥で、どうなの?
おみやげはいっぱいとれたの?
山下 はい、これだけ拾いました。
高沢 そう、取材は大丈夫?
山下 ええ、もちろんです。
高沢 ならよかった。
かわいいものの取材だなんていうから
どうしようかと思ったよ。
山下 もう、ばっちりですよ。
高沢 よかった。
じゃあ、ぼちぼち帰ろうか。
山下 え‥‥‥‥。
高沢 風もすこし冷たくなってきたし。
山下 ‥‥は、はい。
高沢 (笑)なあんだよ、そんな悲しそうな顔して。
山下 あんまりたのしかったものですから‥‥。
高沢 またいつでも来なさいよ。
山下 はい‥‥。
高沢 (笑)だからそんなに悲しい顔しなくても、
海はいつでもここにあるから。な。
山下 はい‥‥。
高沢 ‥‥ん? おう、ほら山下くん、
あったあった、あったぞ(笑)。
山下 た、タコノマクラだ!!
(拾う)穴もあいてなくて完璧です!
でも、さっきのとずいぶん色がちがうけど、
もしかしてこれ、まだ生きてるのでしょうか。
おみやげに持って帰っちゃかわいそうかなあ。
叔父さん、これどう思いま‥‥‥‥あ。



大きくて広くて、
そして静かな、かわいさでありました。

ちいさな天然はまぐりは、
このあと叔父さんの家で、お吸い物に。

食べたのは僕。
口の中に、ちいさな春が広がりました。

僕の叔父さん、高沢雄一さんの
若き日の歌声がこのCDで聴けます!
(ということを帰宅後知りました)
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ポップスヒストリーVol.2
ザ・ヒットパレード(1960 ̄63)

(東芝EMI)

当時の芸名は「沢雄一」。
CDに入っている曲のタイトルは
「恋の売りこみ」。
お、叔父さん! すごーい!!

人生ひと工夫
高沢雄一

2005-03-23-WED

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