カワイイもの好きな人々。
(ただし、おじさんの部)

梅雨入り前のとある土曜日、午後1時。
石神井公園、ボート乗り場近くの小高い広場。

村田剛さん(45)は、
はにかんだ笑顔で静かに腰を落とすと、
やわらかな毛に包まれたその生き物を、
たくましい肩にひょいとかつぎあげるのでした。


第20回
うさぎはカワイイ。



山下 はあ〜、ぜんぜん嫌がりませんね。
村田 はい。
山下 ええと、このうさぎの種類は‥‥。
村田 ライオンラビットです。

うさぎと飼い主たちが公園に集り、
散歩をしながら交流を深める‥‥。
そんな「ラビットミーティング」という
催しを知ったのは、ひと月ほど前のことでした。
当然僕は思いつきます、
「行けば、うさぎを愛する男に必ず会える」

そして、当日。
バスを乗り継いで訪れた広場では、
予想を超える数のうさぎが跳ねていました。
その数ざっと60羽。
80名ほどの飼い主さんは、ほとんどが女性です。
その中から僕は、家族連れでいらしていた男性、
村田剛さんを目ざとく発見。
村田さんは、とても恥ずかしそうにしながらも
取材に応じてくださいました。
非常にシャイなご様子の方が、
見知らぬ僕を受け入れてくれたのです。
それはきっと、
僕も自分のうさぎを連れてきたからでしょう。



山下 僕のはその中にいるのですが‥‥。
村田 出してあげないんですか?
山下 それが、そとに連れ出すのは初めてでして、
しかも、抱っこを強く嫌がるのです。
村田 そうなんですか。
山下 はい、5秒と抱かせてはくれません。
とても村田さんのうさぎのようには‥‥。
あ、名前をうかがってませんでしたね。
村田 なな、といいます。
山下 ななちゃん。女の子ですか。
村田 はい。
山下 名前の由来とか、あります?
村田 由来ですか‥‥。ま、まあ、それは‥‥。
山下 さしつかえなければぜひ教えてください。
村田 ‥‥松嶋菜々子さんからとって、なな、と。

それから僕と村田さんは、
たくさんのうさぎを見てまわることにしました。
村田さんは、ななちゃんを肩に乗せて。
僕は自分のうさぎが入ったキャリーを持って。


山下 このコも、おとなしく抱かれてますねえ。

村田 まだ赤ちゃんですね。
山下 あ、ええと、この散歩用のヒモのこと、
なんていうんでしたっけ?

村田 ハーネス、ですか。
山下 そう、ハーネス。僕も持っているのですが、
うちのうさぎは見るだけで逃げてしまいます。
ハーネスを嫌う種類なのでしょうか‥‥。
村田 山下さんのうさぎはロップイヤーですよね。
山下 ええ、耳の垂れたやつです。
村田 それでしたら、そこに‥‥。

山下 あ! やっぱりそうかあ‥‥。
そりゃあロップイヤーだからハーネスを嫌う
ということはないですよねえ‥‥。
村田 そういう個性なのでしょうね。
山下 はあ(ため息)。
このコもおりこうそうですねえ。

村田 こっちにも赤ちゃんがいますよ。

山下 カバンの中に入ってる‥‥。
村田 逃げないんですね、こうしてても。
山下 ん? わわ、村田さん見てください、
ひざの上で、あお向けになっています。

村田 よくなれてますね。
山下 僕のうさぎでは考えられない状態です。
こんなことをしようものなら大暴れですよ。
‥‥うらやましいです、ほんとに。
村田 ‥‥いいですよね、うさぎは(しみじみ)。
山下 やはりかわいいですか。
村田 正直なところ、かわいくて仕方がありません。
山下 どんなときにそれを感じます?
村田 あのですね、私が会社から帰ってきまして、
こう、玄関を開けますよね、すると、
ちょこんと、いるんですよ、ななが。
山下 (笑)それはそれは。
村田 家内と息子が言うには、私の気配を感じると
自分で一生懸命ケージのとびらを開けて
勝手に出むかえにいくのだそうです。
山下 ああ、村田さんのことが大好きなんですねえ。
おとなしく抱っこをさせるわけです。
それにひきかえ、僕のうさぎは‥‥。

村田 ‥‥あの、でもですね、山下さん、
なながおとなしくしてるのは、
こうしてそとにいるからなんですよ。
山下 ん? どういうことでしょう?
村田 ななも家の中では、こんなに長いこと
抱っこさせてくれませんから。
山下 そうなんですか。
村田 ええ、そりゃもう、わがままですよ。
山下 そとに連れてくるとおとなしくなる、と。
村田 ええ、そうですね。
山下 ‥‥‥‥‥‥村田さん、僕やってみます。
村田 え?
山下 (しゃがむ)ここで抱っこしてみます。
村田 そうですか‥‥。
山下 大丈夫だよな、パンク。

村田 あ、パンクという名前なんですね。
山下 はい。
‥‥いくぞ、パンク(鉄格子を開ける)。
村田 あ。
山下 あ、あ、あ。
村田 まずいですね。
山下 ぱ、パンク! 待て! 待ちなさい!!

申し上げておきますが、
「取材をおもしろくするために」
などという考えは誓ってありませんでした。
ただひたすら、うらやましかったのです。
ハーネスで散歩とか、してみたかったのです。

脱兎のごとく、という言葉があります。
まさに、それでした。
会場となった広場は大騒ぎ。
猛スピードで開場を駆け回るパンク。
必死に追いかける僕と村田さん。
やがてパンクは広場を飛び出し、
草むらに突入していってしまいました。


撮っている場合ではないのですが1枚だけ。

広い公園です。
人が入れない場所に、もぐり込みでもしたら、
もう捕まえるのは不可能‥‥。
僕は、頭が真っ白になりました。
そのときです。
参加者の中から躍り出たふたつの影が、
僕と村田さんに素早く合流したのです。
ふたつの影は‥‥おじさんでした。
大多数の女性参加者の中にまぎれていた
2名の男性が、加勢しにきてくれたのです。
「はいっ、そっち行きましたあ!」
「よし! 向こうに先まわりです!」
「そこで、はさみうちにしますよお!」
4人の男が全力で走り回ること約10分。
気がつけば、公園に隣接する民家の庭。
追い詰められたパンクは、
古タイヤのすき間でふるえていました。
無事、捕まえることができたのです。


山下 み、みなさん、ありがとうございました!
村田 よかったです。
男性A いやあ、よかったよかった(拍手)。
男性B あやうく野良うさぎになるところでした(笑)。
山下 ‥‥あの、はじめまして、山下と申します。
男性A あ、どうもどうも、加島と申します。
男性B はじめまして、佐藤です。
村田 村田です。
山下 一時はどうなることかと‥‥。
ほんとうに、みなさんのお陰です。
加島 いえいえ、こちらこそ、
いいものを見せてもらいました。
あれが野生の姿なんですよねえ。
佐藤 うん、はやかったー(笑)。
あれこそ、うさぎです。
山下 そう言っていただけると‥‥。
村田 あのお、山下さん。
山下 ああ、村田さん、ごめんなさい、
取材がこんなことになってしまって。
村田 いえいえ。‥‥それよりほら、
写真コンテストの結果を発表してますよ。

すっかり忘れていました。
当日僕は、パンクの写真をコンテストに
ノミネートしていたのでした。
参加者に赤いシールを配って、
それぞれがカワイイと思う写真にそれを貼り、
いちばんシールの多い写真が優勝、
そんなシステムです。
僕たち4人が駆けつけると、
表彰式はちょうど終わったところでした。


山下 こ、これは‥‥。
村田 うーん‥‥。

山下 パンク、ゼロ票。
加島 ‥‥いや、あの山下さん、
うちのもそんなに貼られてませんでしたから。
佐藤 おお、優勝者の写真はさすがに素晴しいです。
グラちゃん(♀・生後9ケ月)
飼い主/立川市・奥田泰雅さん、由美子さん

村田 ネザーランド・ドワーフですね。
加島 これは、かわいい‥‥。
佐藤 みごとな写真です。
山下 ぜ、ゼロ票‥‥。
加島 (笑)実物がかわいければいいじゃないですか。
山下 ‥‥はい(ため息)。
村田 あっ、山下さん、見てください。
うちのななが、ほら。

加島&
佐藤
おおー。
村田 なぐさめているように見えるのは、
これ、気のせいでしょうか‥‥。

村田さんとななちゃん、
加島茂さん(推定35才)に励まされ、
佐藤隆さん(39)には
手作りの本を見せていただき、
僕とパンクは会場をあとにしました。
バスを乗り継ぎ、わが家に到着。
キャリーから出たパンクは、
さすがにだいぶ疲れた様子で
ころんと床に寝ころびます。
「‥‥怖い思いをさせてすまなかった」
僕はそう言いながら、
小さな頭を幾度もなでるのでありました。


お前はお前だものな。


かわいさ、全速力。

取材から数日経って、
パンクはすっかり元気を取り戻しております。
抱かせてくれるのは相変わらず5秒ですが‥‥。

「ラビットミーティング」は、
東京都練馬区でうさぎ専用のホテル、
うさぎ関連商品の通販を行う
「ラビットアイランド」さん主催の催しです。
ご協力ありがとうございました。
HPはコチラからどうぞ。

2004-06-09-WED

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