カワイイもの好きな人々。
(ただし、おじさんの部)

上野動物園、正門前。
春の香りいっぱいの午後1時前。
薄手のジャンパーを着ていると
かるく汗ばむほどのお天気です。

約束の時間より10分早くやって来た
岩崎唱さん(49)は、
「お久しぶりです」の挨拶もそこそこに
お仕事用のカバンの中から
体長約7センチの物体を取り出すのでした。

第13回
おみやげアザラシはカワイイ。



山下 わあ(笑)、いいですねー。
で、名前は? 考えてきてくださいました?
岩崎 はい。‥‥あの、北蔵、で。
山下 え? きたぞう?
岩崎 北極北蔵としてみたのですが‥‥。
山下 ほっきょくきたぞう(笑)、男の子ですか。
岩崎 ええ、寒い感じの名前がいいかなと思って。
山下 すごくいいと思います。
では、僕も‥‥。
約束の時間より20分早く到着していた
山下哲(41)は、
北蔵がカバンにしまわれるのを確認してから
ジャンパーのポケットへ手を入れると、
体長約7センチの物体を取り出すのでした。

僕のおみやげアザラシもカワイイ。

山下 アイちゃん。
もちろん、女の子です。
岩崎 アイちゃん! ああ、いい名前ですね。
山下 ありがとうございます。
とりあえず、動物園、入りましょうか。
『何かカワイイものありませんか』
広告のお仕事をなさっている岩崎さんに
そんなメールを出したのは
1週間前のことでした。
『こんなものはいかがでしょう』
と、すぐさまいただいたお返事には
小さなアザラシの画像が添えられていました。
「おや?」と思いました。
似たものが、僕の家にもあったのです。
岩崎さんはノルウェイでそれを買ったとか。
僕のは30年前にもらったアラスカ土産です。
どちらも北の、お土産アザラシ。
メールのやり取りをするうちに‥‥
『僕たちのアザラシを
 対面させませんか』
『どうせなら本物の
 アザラシの前で!』
『各自アザラシに
 名前をつけて集合!』

という展開になったわけです。

さあ、動物園に入った僕たちは意気揚々と
アザラシ目指して園内を進みます!

山下 ‥‥かわいいなあ。
岩崎 生で見るのは初めてですよ。
山下 ‥‥でも、岩崎さん、
本日のテーマからはまったく、これ
さっそくはずれてしまっていますね。
岩崎 ええ。でもせっかくの上野ですから‥‥。
結局、このあとも僕たちふたりは
様々な動物に見入ってしまうのです。
テーマからズレるので、そこは省略。

そうしてようやく、
海洋動物のゾーンにたどり着きました。
ところが‥‥。

岩崎 山下さん(駆け寄り)、大変ですよ。
山下 どうしました?
岩崎 いま係の人に聞いてきたのですが、
ここにはアザラシがいないのだそうです。
山下 え、えええ!?
だ、だって上野動物園ですよ、
いない動物なんているんですか?
岩崎 アシカならいるそうです。
山下 アシカ‥‥。違いますよね、それ。
岩崎 はい。似てはいるけど別ものだと
係の人も言ってました。
アシカって、あったかい海ですよね。
山下 ああ‥‥それではもう決定的に
テーマからはずれてしまいます。
うーん‥‥じゃあ、じゃあ、そうだ!
これの前での対面に変更しませんか。
岩崎 これ? ああ、いいですね!
寒い雰囲気ですし。
山下 ここにしますか。
岩崎 はい、異存はございません。
山下 わかりました。
では‥‥準備はいいですか。
出会う瞬間をカメラにおさめますからね。
岩崎 大丈夫です‥‥いよいよですね。
山下 せえの、で同時に出しますよ。
岩崎 は、はい。
山下 いきますよ‥‥せえのお!
岩崎 ‥‥やりました、対面しました。
山下 はじめまして、北蔵くん。
岩崎 え? ‥‥あ、こ、こんにちはアイちゃん。
山下 ははは‥‥やった。
岩崎 いやあ、ははははは。
山下 北蔵とアイちゃんに、
ペンギンを見せてあげましょう。
岩崎 ああ、見てますねえ。
山下 ペンギンをバックに記念撮影も‥‥。
岩崎 うれしそうだなあ。
山下 よかったです。
あ、一応アシカも見せておきますか。
岩崎 ええ、せっかくですものね。
山下 ほおら、きみたちによーく似ているねえ。
岩崎 ははは‥‥。
あ、山下さん、あいつはどうします?
やっぱり、見せます?
山下 ああ、あいつも「北」ですからねえ。
岩崎 そうですよね、見せておきますか。
山下 うんうん、怖いねえ、怖いねえ。
目的達成!
ひと安心した僕たちは、
園内のレストランに入ると
各自ひとさらずつ
ミートソースを食べるのでした。
それから僕は、
未就学児がキャーキャー叫ぶ店内で
北極北蔵のお話をうかがうのです。

山下 ええと、そもそもノルウェイへはどうして?
岩崎 2年ほど前に、ひとりでヨーロッパの方を
まわってきたんですよ。
山下 おお、気ままなひとり旅ですか。
岩崎 まあ独身ですし。まとまった休みが
とれたこともあって、行ってきました。
山下 北蔵は、どこで?
岩崎 オスロ近くの港町にある土産物屋で。
何十個もたくさん並んでましたよ。
山下 ひとめ見て気に入った感じですか。
岩崎 そうですねー、この瞳がねー。
山下 ああ、黒目がちですねー。
岩崎 アイちゃんの瞳も、つぶらです。
山下 そうなんですよ。
もらって30年というと、
その間に引越しとかもあるじゃないですか。
岩崎 はいはい。
山下 なぜこれを捨てなかったのかと考えると、
この、すがるような目なんですよ。
岩崎 ああ、わかります。
‥‥しかし、それにしても30年前ですか。
山下 北欧とかあっちの方では
きっと昔から定番のお土産なんでしょうね。
岩崎 時間と距離を越えて、2匹のお土産が
上野のペンギンの前でご対面‥‥。
山下 なんか、ちょっと良かったですよね。
岩崎 ‥‥もう一度、対面させますか。
山下 あ、いいですね。
岩崎 はは、見てるなあ。
山下 まずこうやって(動かす)
互いに匂いをかぐんですよね、獣は。
岩崎 (笑)そうそう。
山下 あ、(動かす)もう仲よくなった。
岩崎 はははは、アイちゃん活発ですねえ。
山下 でもアイちゃんはお年寄りなので(動かす)
すぐに、疲れて、寝てしまうのでした。
岩崎 あはははは。
山下 (笑)いやあどうも岩崎さん、
きょうはお忙しい中ありがとうございました。
岩崎 あ、そうそう山下さん、
じつはこのお土産、友だちに配ろうと思って
いくつか買ってたんですよ。
山下 あ、そうなんですか。
岩崎 家にもう1匹いたので、これ、差し上げます。
山下 ええ! (受け取る)わあああああ。
岩崎 おハル。
山下 え?
岩崎 名前です、そのコの。
オーロラ・おハル。



今回は、うららかに、かわいかった。

いただいたオーロラ・おハルは、
わが家のステレオの上で
アイちゃんと仲よく並んでおります。
岩崎さん、次は3匹で遊ばせましょうね。

2004-03-17-WED

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