主婦と科学。
家庭科学総合研究所(カソウケン)ほぼ日出張所

研究レポート80
恋する化学物質。



ほぼにちわ、カソウケンの研究員Aです。
師走に入ったこの忙しい時期に
気分転換に(現実逃避に?)
『オルフェウスの窓』という漫画を読み返してみました。

この『オルフェウスの窓』は
かの『ベルサイユのばら』でも名高い
池田理代子さん作の漫画です。
音楽を目指す若者たちと、
ロシア革命を題材にした大河ドラマ。
「ベルばら」よりも長い漫画ですが、
はまります、きっとはまります。
少女漫画よりもガンダムに萌える、という趣味の
研究員Aが言うんですから説得力ありあり。

そのタイトルにもなっている
「オルフェウスの窓」とは
ある男子音楽学校にある
不思議な言い伝えのある古い窓のことです。
その窓辺から見おろしたとき、最初に視界に入った女性と
宿命的な恋におちるのですが
その恋は必ず悲劇に終わるという。

というわけで、この漫画には
「宿命的な恋におちた切ない恋人たち」が
たくさん登場するのです。

20年近くもかつての恋人を想い続け、独身を通した男性。
悲劇の再会を果たし、その中で恋人たちの交わした会話。
「はなさない‥‥ふたたびこの手をとるのに
 ぼくは18年をかけた」
「愛しています。一瞬だってわすれたことはなかったわ」
‥‥そして、彼らふたりは伝説の呪い通り
手を握りあったまま、オルフェウスの窓から落ちて
命を落としてしまうのです。
ううううう、なんて悲劇の恋。

と、読んでいる最中は感情移入してしまうのですが
「でも実際あるか? そんな話?」なーんて
ふと我に返ってしまう研究員Aなのでした。

実際、サイエンスの世界では
こんなことを言われたりします。
「恋の炎が燃える期間は、平均して7ヶ月」

少女漫画の世界に比べると、なんと味気ないのでしょう。
でもそのリクツをちょっと紐解いてみることにしましょう。

恋しくて食事も咽喉を通らないのには
化学的根拠が!

現代の皆さんならば、
ココロが弾んだり、痛んだりしても
その源は「心臓」ではなく
「脳」にあることはご存じですよね。

その喜怒哀楽の感情をつかさどっているのは脳なのですが
その脳の中の「化学物質」が作用しているのです。
ますますもって味気ない話ですが
化学物質(この場合は神経伝達物質)で
私たちは喜んだり、悲しんだり‥‥しているという。

そうです、恋の狂おしい感情も、
結局のところ脳内の化学物質の作用なんです!

さて、恋をしたとき、私たちの脳には
どんな変化が起きているのでしょうか。
いくつかの神経伝達物質が関わっているのですが
話がややこしくなるので、この場は
「ドーパミン」と「セロトニン」の
2つの神経伝達物質に的を絞ることにしますね。

まず、ドーパミン。
これはどんな神経伝達物質かというと
「確固たる動機と目的志向の行動が生み出される」
化学物質です。

まあ、これじゃいまいちわかりにくいので
ドーパミンの作用の例を箇条書きにしてみると‥‥

・極端な集中力
・爽快な気分になる
・エネルギーに満ちあふれて、やたら活動的に
・眠れなくなる
・食欲がなくなる
・心臓がどきどきしたり、息づかいが速くなる

恋する相手を目の前にしていると
「胸がいっぱい」になって食欲がなくなる
なんて言っていた人を知っていますが
(食欲魔神の研究員Aには理解できなかった!)
まさにこれは「食欲がなくなる」
ドーパミン効果だったんですね。

さて、上に挙げたリストを眺めてみると
恋愛以外の状態にあてはまる気がしませんか?
一心不乱に寝食を忘れて仕事に没頭してしまうのも
このドーパミン効果と言えるでしょう。

恋をすると減るセロトニン。

さて、今度はもうひとつの主役である化学物質、
セロトニンの話に移ります。
セロトニンは脳を
リラックスさせて、落ち着かせる神経伝達物質。

恋をしている人の脳は
セロトニンの分泌量が低下するのです。
ドーパミンは増加するけど、セロトニンは低下。

セロトニン分泌量が低下すると
一種の強迫観念を抱くようになります。
強迫観念とは
「わかっているけど、やめられない」状態。
だから、いつでも恋する相手のことを
考えてしまうような状態に陥るのです。

ちなみに、うつ病とは脳内のセロトニン分泌量が
低下している場合も原因となり得ます。
(原因は他にもいろいろあるそうですが)

だから、失恋したり、恋人の片方が命を落としたり
両家の事情でふたりの中が引き裂かれたり
革命の闘志として恋人が去ってしまったら
悲嘆の涙にくれ、やせ細り、何も手に着かなくなるのも
脳内の働きを考えれば当然な話です。
(‥‥あれ、少女漫画の影響受けすぎ?)

実際、こんなデータがあります。
過去8週間以内に失恋した114人の男女を
対象にして行われたある調査の中で
40%以上が
「臨床的に無視できないうつ状態」に陥った、と。

でもこの「中毒症状」とでも言えるような
燃えるような恋の期間はどれだけ続くものでしょうか?
人類学者ヘレン・フィッシャーらの研究によると
脳の尾状核という部分が活性化されている期間は
(恋する脳の状態の証明でもある)
なんとたったの7ヶ月だったとか。

‥‥7ヶ月。短いですね。
イタリアのパビア大学の研究者たちによる
血液中の神経成長因子(NGF)に注目して
「情熱的な恋の期間は約1年しか続かない」とした研究
があります。
‥‥どちらにせよ、短い。
とはいえ、そうでなければ困るともいえるかも。
中毒症状が何年も続いたら
それこそ日常生活に支障をきたしていしまいます。

「長い期間、あなたのことをひとときも
 忘れたことがありません!」
なんて世界はやはり少女漫画の世界なのでしょうか。

道ならぬ恋ほど、ドーパミン!

でも、例の神経伝達物質ドーパミンには
こんな作用があります。
ドーパミンは、上にも書いたとおり
「確固たる動機と目的志向の行動が生み出される」
化学物質です。
だからこそ一方で
「目的が達成されなければ
 さらに多量のドーパミンが放出される」
ものなのです。

古代ローマの劇作家テレンティウスの言葉を借りれば
「望みが少なければそれだけ、恋心が燃え上がる」、と。

だから脳は「なかなか手に入らない」
相手に燃えるのです。
『ロミオとジュリエット』の例を挙げるまでもなく
障壁がさらにふたりの間の恋心の燃料になると。

‥‥となると、最初に挙げた
『オルフェウスの窓』の少女漫画にあった
悲恋の恋人たちの例もある話なのかも。

‥‥と、「カガク」を通して、少しばかり研究員Aも
ロマンチックな気分に浸ってみるのでありました。

今 回 の レ ポ ー ト の ま と め

‥‥たまには恋の中毒に
なってみたいものですわ。
とはいうものの恋をしたとき
「これはただのカガク反応!」
なんて片づけられないのは
学者も誰でも同じです。




参考文献
  『人はなぜ恋に落ちるのか』
 ヘレン・フィッシャー
 ソニーマガジンズ

『愛はなぜ終わるのか』
 ヘレン・フィッシャー
 草思社

『オルフェウスの窓』
 池田理代子
 集英社文庫
参考リンク   BBC NEWS "Romantic love 'lasts just a year'"
Psychoneuroendocrinology.
2006 Apr;31(3):288-94. Epub 2005 Nov 10.


2006-12-01
-FRI


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