主婦と科学。
家庭科学総合研究所(カソウケン)ほぼ日出張所

研究レポート65
どうぶつたちの婚姻の科学。


ほぼにちわ、カソウケンの研究員Aです。

1ヶ月以上も前の話になりますが、ほぼ日でも特集していた
ナイン the musicalを観てきました!
このミュージカル、
別所哲也さん演じるグイド・コンティーニという色男と
彼を取り巻く女性たちの物語。
なんと男性は主人公であるグイドのみ。
総勢16人の女性に囲まれるという
あり得ないモテモテっぷり。

このモテっぷりは、我が国が誇る長編小説である
「源氏物語」の光源氏を彷彿とさせます。
女たちはみんな源氏に憧れているものだから
源氏はよりどりみどり(基本的には)。
彼が愛する女性たちを集めて住まわせてたお屋敷なんて、
ひょっとしてこういうのが世の殿方の夢??

めったにあり得ない一夫多妻な世界。
現代社会は、一人の男が一人の女と
結婚するのが「普通」ですから。
でも、生物全体まで視野を広げてみましょう。
そこはなんと、一夫一妻もあり、一夫多妻もあり、
そして乱婚もあり! のバラエティ豊かな世界です。
今日はそのあたりを科学してみることにしましょう〜。

今回、動物の生態を例に挙げてお話をすすめていますが
「だから自然を見習うべき」ということが目的ではありません。
例えば「人間は繁殖しなければならない」とか、ね。
だから「ふーん、そんな面白い動物もいるのね」と
軽い気持ちで読んで下さいませ。

(研究員A)

メスは天使、それとも売春婦?

一夫多妻・多夫一妻・一夫一妻・乱婚‥‥
なんでもあり! の動物の世界ですが、
もちろん、仲むつまじい一夫一妻を貫く動物もいます。
ですが、それはあくまで珍しい例なのです。
むしろ「生物学的に逸脱している」とも言えるのだとか。

例えばフトオビコビトキツネザルといキツネザルがいます。
オスとメスはいっしょに暮らし、乾期の間は仲良く冬眠。
メスが休んでいたり、食べ物探し出かけるあいだは
子守を担当するオス‥‥なんとも微笑ましい様子です。
しかし、DNA検査で親子鑑定をしてみたら!
オスは自分の子どもではない「子ども」を
育てているケースが多いとか。
このキツネザルはニセの一夫一婦制だったというわけです。
ひええええ。なんとかわいそうなオス‥‥。

とはいえ、クロコンドルやサイチョウをはじめ鳥類には
一夫一婦制(不貞なしの)を貫いている生物もいます。
ご安心を(なにに?)。
カップルの片方が相手を捨ててしまうと
子育てに失敗してしまう場合に
一夫一婦制が進化するケースが多いみたい。
繁殖に失敗してしまったら元も子もないから、でしょう。

そして、この手の婚姻形態を語るときに避けて通れないのが
「オスは多くのメスと交尾をしたがる。
 メスは必要以上の交尾はしたがらない」
という「メス貞淑説」。
これが長いこと定説となっていました。

この説が信じられた背景は
A.J.ベイトマンによるキイロショウジョウバエの実験です。
オスは交尾の回数を増やせば増やすほど
子どもを多く残せたのに対し、メスはそうではない。
そして、メスは一匹か二匹のオスの
「プロポーズ」を受け入れると
それ以上は誘いに乗らない。

この「メス貞淑説」は
人間社会の「通念」にもしっくりくるので
30年以上もの間受け入れられてきました。
しかしっ! キイロショウジョウバエという種を使い
実験期間が短かったからこそ得られた
「特異な」結果だというのです。
なんとなんと、昆虫を含めたたいがいの種の女の子は
「天使というよりむしろ売春婦」だとか。きゃーーー。

メスが数多くのオスと交尾をするのは
・交尾をしたオスが「不妊」というリスクを回避するため?
・子育てなどの助力をえるため?
・精子を競争させて
 より良い精子を受精させようとするため?
・交尾と引き替えにプレゼントされる栄養分が目当て?

などなど、こんな仮説が立てられています。
最後の「栄養分目当て」は
昆虫によく見られるケースなのですが
人間におきかえるとかなりえげつないものが。
高級レストランでのお食事が‥‥
ということになるのでしょうか。

男女の体格差や、
精巣の大きさで、婚姻形態がわかる?

さて、動物の種によるこの「婚姻形態」。
どんな要素によって決まるのでしょうか。
言うまでもありませんが「それは種によってさまざま」。
でも、一つあげられるのは男女の体格差。

例えば、ゾウアザラシ。
ゾウアザラシのオスはそれはもう激しい闘いを繰り広げ
めでたく勝ち残ったオスがハーレムを形成します。
ハーレムを作ることが出来たオスは
なんと100頭もの子どもを残すことができます。
ですが、一方で一頭も子どもを持つことが出来ないオスも
いっぱいいるわけです。それだけに闘いは熾烈。
これに勝ち抜くためには体格が立派でないと!
だから、ゾウアザラシのオスは
メスの7倍という大きな身体を持っています。
熾烈な闘いに生き残ることができた結果、
その種のオスは身体が大きくなった
ということになりますね。
だから、男女の体格差が大きいことが
「ハーレム型」「一夫多妻型」であることの
目安のひとつとなります。

ちなみに人間の場合はどうでしょう?
民族や時代によって差がありますが、
いずれも男性の方が1.05〜1.3倍大きいという値が。
ゾウアザラシの7倍に比べるとたいしたことありません。
というわけで、体格の男女差から判断する限り
一夫多妻制の動物では「ない」と
考えることができそうです。

他にも婚姻形態を判断する指標があります。
それは、それは‥‥男性の精巣の大きさ!

オスはメスに自分の子どもを産んでもらいたい。
でも、自分の妻や彼女の「身持ち」を信用できないとなると
どのような手段で対抗するのでしょうか。
そこで「人海戦術」ならぬ
「精子海戦術」をとることになります。
できるだけ多くの精子を
メスに受け取ってもらうことができるならば
自分の精子を受精させる確率が高くなる。
だから、精子バンクである精巣が大きいオスの方が
子どもを残すのに有利になるので
乱婚形態をとる種ではオスの精巣が大きくなるのです。

チンパンジーは乱婚の誉れ高い(?)種ですが
体重に対する精巣の大きさは0.3%。
そして、ハーレムを形成するゴリラは0.02%。
ハーレムを作る場合は、他のオスに
「寝取られる」心配がありませんからね。

そして人間の場合は0.04〜0.08%。
微妙な数字ではありますが、ほ乳類の中では中程度。
そして一回の射精中の精子数は多めです。
(チンパンジーが6億個
 人間が2.5億個、ゴリラが0.5億個)

さて「人間」というどうぶつの
婚姻形態は‥‥?!

というわけで、人間の場合は
男女の体格差と精巣の大きさから判断する限り
「一夫一妻、でも軽く乱婚入ってる?」
と考えることができそうです。
まあ、この二つの要素から判断した限りですが。

最初に男性ひとり女性たくさんのハーレム状態を
「世の殿方の夢?」と書きましたが、
実はこれはオスにとって厳しいシステムです。
通常、雌と雄はほぼ同数。
メスをたくさん抱え込むオスがいるってことは
一匹のメスにもお相手してもらえない
オスがたくさん生まれるってこと。

力のあるオス・人気のあるオスには良いとしても
それ意外は冷や飯を食わされるはめに。
厳しいですね、世の中は‥‥。

でもそんな「あぶれるオス」も子どもを残したい!
そうなるとあれこれ戦略を使うことになります。

あるオスはメスのふりをしてハーレムに入り込み
そのハーレムで「寝取る」。
(淡水魚のイトヨなど)

カップルが盛り上がっているところに横入りして
そのメスとちゃっかり交尾をしてしまう。
(イモリなど)

一匹じゃ振り向いてもらえないので
オス同志が集団を作り、メスにアピール。
(インドクジャクなど)

実際、この種のメスは単独で行動しているオスよりも
集団でいるオスに惹かれるとか。
なーるほど。モーニング娘。のように
「集団でいると魅力がup!」な効果が
あるのでしょうか。ふむふむ。

卑怯なような、涙を誘うような
「モテないオス」の戦略であります。

さて、基本は一夫一妻である人間。
でも王族やかつての貴族がハーレムを作るなど
一人の男性に女性が集中するようなことはあります。
しかし、これは人間ならではの複雑な事情が。

本来、一夫多妻である動物は
オスは基本的に子育てに参加しません。
メスが、他人の手助けを期待しなくてもやっていける
比較的楽な子育てなのです。

一方、人間の場合は極端に未成熟な状態で産まれるので
子育てに労力がかかります
主婦と科学「おばあちゃん仮説」参照)
だから、人間の女性は、
子育て中は夫(または実家・社会福祉)の
手助けが必要になります。
夫婦の協力がないと繁殖に失敗してしまう種に
一夫一妻制が進化すると書きました。
だからこそ、人間は一夫一妻制が
受け入れられるのでしょう。

従って人間の場合、一夫多妻は
多くの妻子を養うことが出来る
経済力の並はずれた男性の特権になります。

それでは‥‥。
想像をたくましくしてこんなことを考えてみましょう。
もし、人間の「メス」がひとりで子育てできるくらいの
人手や経済力を持つことができたら‥‥。
そして世の中が自由な婚姻システムになったら‥‥。
世の「メス」たちは
キムタクだー、フクヤマだー、オカダくんだー‥‥と
思い思いに彼らの子どもを生もうと
殺到することなるのでしょうか。なんて。

さて、我が夫であるカソウケン所長に
「一夫多妻になったらうれしい?」と聞いてみました。
すると心からいやーな顔をして
「女の人は一人でこりごり‥‥」という答えが。
なんなんですかその失礼なコメントはっ!




参考文献
  ドクター・タチアナの男と女の生物学講座
 オリヴィア・ジャドソン著 光文社
オスとメス=性の不思議
 長谷川眞理子著 講談社現代新書

参考文献にした
『ドクター・タチアナの男と女の生物学講座』ですが
これが本当に本当に面白い本です。
奇妙奇天烈な動物の性が満載で。
「普通なんてないよな」とか
「人間界のルールなんてばからしい」
とまで悟ってしまいそうな(笑)。
森川さんの「ヌカカの結婚」
参考文献でもあるようですね。
それはそうと「ナイン」、
ミュージカルに疎い研究員Aではありますが
とにかく感激してしまい、
劇場に2度も足を運びました。
(いまさら思い出して、じーん‥‥)

(研究員A)


2005-07-29
-FRI


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