主婦と科学。
家庭科学総合研究所(カソウケン)ほぼ日出張所

研究レポート38
脂肪の科学。


ほぼにちわ、カソウケンの研究員Aです。
体に悪いものほど美味しい
とは上手いことを言ったものです。
バターたくさん、生クリームたくさん使ったケーキは
研究員Aにとって何よりの心のごちそう!
所長は
「ポテトチップを無心に食べているときが至福のとき」
と申しております。
そんな至福ってどんな至福?
他にも、脂こってりのラーメンなんて
たまらなーいものがありますよね。

これらの脂肪いっぱいのものは
「食べ過ぎると体に悪い」ってことは
よーくよーくわかっているけど
ついつい。。。
もちろん油や脂って
からだに悪いばっかりではありません。
生きるためには必須の成分ですし
ある種のホルモンは脂肪のかたちをとっています。

それでは、今回は私たちとは切っても切れない関係である
「脂肪」についてお話ししてみることにします。
脂肪の「なりたち」がわかると
「なぜバターは良い香りがするのか」
「なぜ肉の脂は体に悪いと言われるのか」
「どのようにしてマーガリンを作るのか」
がわかってしまうんですよ〜。

肉の脂もごま油もバターも
基本的な成分はみーんなこんなかたち。


さてさて、同じ「あぶら」でも
「油」と「脂」と言葉を使い分けたりします。
これは室温で液体のものを「油」
室温で固体のものを「脂」と呼んでいるようです。
ということはオリーブオイルは「油」で
バターは「脂」になりますね。
でも、これらはどちらも「脂肪」であって
本質的には何の差もありません。

ですから、サラダオイルだろうが
バターだろうがラードであろうが
その主成分は基本的には同じかたちなのです。
それでは、これらの脂質が分子として
どのようなかたちをしているか見てみましょう!

脂肪は、このようにグリセリンを土台にして
「脂肪酸」という酸が3つつながった
かたちをしています。
肉の脂もごま油もバターも基本的な成分は
みーんなこんなかたちをしているわけです。



それなのに、肉の脂肪は固体だったり
ごま油は液体だったり
バターは良い匂いがしたりという具合に多種多様です。
その違いは、このつながっている
3つの「脂肪酸」の違いに尽きます!
その違いをさぐるために
もう少し詳しく見てみましょう〜。

脂肪酸をこんなヘンな格好をした
イモムシに例えてみます。



この脂肪酸イモムシが3匹
グリセリンという台にくっついているのが
「脂肪」になります。



ここで、胴体は「炭素(C)」
足は「水素(H)」
顔の部分は「カルボン基」にあたります。



さて、この脂肪酸イモムシは
胴体が長いものから短いものまであります。
図体の大きいイモムシは
相手の分子(この場合は脂肪)を
ひっぱる力も大きくなります。
胴体が短い、チビなイモムシは
相手の分子を引っ張る力が小さいのです。
体格がでかいほど、力も大きいってこと。

この相手の分子を引っ張る力は「分子間力」です。
分子間力が大きい脂肪はどうなるでしょう?
寄り集まる力が大きいので
融点、つまり固体の溶ける温度が高くなります。
つまり、常温で固体の動物性の脂は
図体の大きい「脂肪酸イモムシ」が
くっついている脂肪なのです!

逆に、胴体の短い脂肪酸イモムシが
くっついたものは、融点の低い脂肪となります。
お互いを引っ張る力が小さいから
より簡単に柔らかく、液体になることができるんですね。

このことがわかると
バターが香り高い理由を説明できちゃいます。
ではでは、まず「匂う」ってどんな現象?
ってちょっと考えてみましょう!

「飽和脂肪酸」と
「不飽和脂肪酸」のちがいは?

匂いがする、ってことは「匂いの分子」が
鼻の粘膜に届いていることになるのです。
鼻の粘膜に届くものは「気体」でなければなりません
(逆にいうと、匂っているものはみんな気体!)。

バターは融点の低い、つまり揮発しやすい
チビな脂肪酸イモムシが含まれた脂肪です。
だから良い香りが私たちの鼻に届くのです〜。

また、融点の違いは
次のようなイモムシのかたちの違いもキーとなります。
イモムシの胴体ひとつあたりには
二つの「足」(つまり水素)がついているのが普通です。

胴体となっている炭素には
4本の「つなぎ目」があります。
炭素は4本、と決まっているのです。
(ちょっと難しいことを言うと
その原子の分子軌道によって
他の原子とつなぐことのできる手の数が
決まっている)

隣の胴体のためにひとつづつつなぎ目が使われるから
のこりのつなぎ目二つは
水素(足)に使われることになります。

でも、中には隣の胴体と繋がるのに
つなぎ目を二本使う場合があります。
このように胴体同士が
二重に繋がった場合はどうなるでしょう?
そのその胴体は足が二本ではな
一本少なくなります。
これを「二重結合」と言います。



二重結合のある箇所では
イモムシはまっすぐのかたちをとることができず
その箇所でかくっと折れ曲がることになります。
このように「折れ曲がり」があると
分子同士はぎっしり寄り集まることが難しくなります。
寄り集まることが難しいってことは
固体になりにくいってことになりますね。
つまり、融点が低くなることを意味します。
(かなり温度を下げないと、固体にならない)

この足の少ない箇所=二重結合が増えるほど
分子は液体になりやすい脂肪になるのです。
二重結合がある脂肪酸を「不飽和脂肪酸」
ひとつもないものを「飽和脂肪酸」と言います。

常温で固体の脂、牛脂やチョコレートやバターは
飽和脂肪酸の占める割合が多い脂肪です。
一方で植物油や魚の油は常温でも固まらない
液体状の油ですよね。
こちらは不飽和脂肪酸の占める割合が多いのです。

肉を使った料理の残り物は
冷えると脂の塊ができちゃいますよね。
でも、魚の場合の残り物は基本的には固まりません。

融点の高い飽和脂肪酸である肉の脂は
私たちが食べ物として取り入れると
血管内で固まって高血圧や脳卒中を起こしかねません。
健康に悪い、といわれるのはそのせいです。
とはいえ、
「植物・魚の油は不飽和脂肪酸が多く
肉の脂は飽和脂肪酸が多い」
というのはあくまで「傾向」ですから
一概にそうだとは言い切れないのです。
個々の食品によって違いますからね〜。

そして、この二重結合のあるなしは
「魚の油は臭くなりやすい」ことの説明にもなります。
不飽和脂肪酸のように二重結合があると
酸素と結合しやすくなります。
つまり酸化しやすいのです。
魚の油が肉の脂に比べると臭くなりやすいのは
そのせいだったんです。

植物油でも不飽和脂肪酸が多いものは
栓を開けたままにしておくと
室温でもたちまち酸化されて臭くなるので要注意!
ちなみに
「オレイン酸」「リノール酸」「リノレン酸」
と呼ばれるものが不飽和脂肪酸です。
これ、オリーブオイルや紅花油に多く含まれています。

さてさて、マーガリンはもともと植物油が原料です。
液体であるはずの油を
どのようにして固体にしたのでしょう?
上のことが一通りわかったみなさんには簡単ですよね!
油脂が溶けてしまう温度を高くするために
二重結合を減らしてあげればよいのです。

イモムシの「足」に相当する水素を添加してあげると
飽和脂肪酸になり、イモムシの構造はまっすぐになります。
そうすると、融点が高くなって
バターのような固体になるのですね。
「植物性生クリーム」も同じ操作をして
動物性の脂に近づけたものを利用して作られています。

基本は同じ脂肪のかたち。
でも、「脂肪酸イモムシ」の
胴体の長さや足の数の違いだけで
さまざまな「油脂の個性」が生まれていたんですね。

どんなに脂肪が体に大事だとしても
やはりムダな脂肪はムダな脂肪。
なるべくなら縁を切りたいもの!
研究員Aのぜい肉も「産後だから〜」という言い訳は
すでに通用しません
(とっくにです!もう研究員Cは
 1歳半超えているんですから)。
さあ、どうしたものか。はああ。




参考文献
有機化学(下) モリソン・ボイド著 東京化学同人

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2004-06-25
-FRI


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