主婦と科学。
家庭科学総合研究所(カソウケン)ほぼ日出張所

研究レポート30
肉の赤身はなぜ「赤い」?



ほぼにちわ、カソウケンの研究員Aです。

夏頃の話になりますが、ある休日のことでした。
たまには(いつものこと?)晩ご飯を手抜きしようと
デパートの地下でお総菜を物色していた研究員A。
そこで、魚屋さんで見つけた
「カツオのたたき」を買ってきました。
そうです、カツオを買って
「たたき」を作るのではなく、
すでにたたきになっているものです。
大いなる手抜きです。

カソウケンのメンバーはみんな魚好きだし喜ぶわ〜と
ふふふ〜ん、と鼻歌交じりに帰宅。
早速、カツオのたたきを切ってみたのですが
なーんか赤黒い。
まあ、光線の加減でそう見えるだけかな?
と気にせず食卓に出したのです。

そしたら、所長が匂いを嗅いで
「明らかに腐っているじゃないか〜!」と。
でも時既に遅し。
食いしん坊の研究員Bは
もう数切れ口に放り込んでいます。
(↑こいつはお寿司の時もぱぱぱーと
 ネタだけ食べつくすんです。)

ちなみに、いつも研究員Aが
「まだまだいける!」と食卓に出したものを
所長がストップかけることは何度もあります。
というわけで、今回も「もー神経質なんだから」
と研究員Aが味見してみたら
ホントに味もやばかった。。。マズい!

というわけで、メインのおかずが何もない
さびしーい休日のディナーになってしまいました。
うわーん。

でも、考えてみたら面白いですよね。
まだいける? いけない? を
味見するより前に
色でも判別できてしまうのですから。
肉も魚も、新鮮なときは鮮やかな赤い色。
腐ると、あかぐろーくなってきます。

これって、どんな仕組みがあるんでしょう。
というわけで、今回は
「肉の赤身の科学」について
レポートしたいと思いまーす。


なぜ魚に「白身」があるの?
なぜ鳥肉は白っぽいの?


まず、なぜ肉の色は赤い? ってところから
考えてみましょう!

「血の色じゃないの?」と思われる方も
多いかもしれません。
その答えはイイ線いっていますが、違うんです。
なぜ「イイ線」なのかはあとでご説明しますね。

青いペンキが青いのは、
「青い色素」が入っているから、と同じように
牛の肉などには「赤い色素」が含まれています。
この赤い色素のことをミオグロビンといいいます。

このミオグロビン、牛や鶏だけじゃなく
人間も持っています。
筋肉に含まれる色素なのです。

もちろん、ミオグロビンは
単に肉の色を付けるためにあるわけじゃありません。
とーっても重要な役割を担っている物質なのです。
その役割とは、「酸素を蓄える」というもの。

運動するとき、筋肉はエネルギーを使うので
酸素を必要とします。
その酸素を蓄えているのがミオグロビンなのです。
この赤い色素、ミオグロビンのおかげで
私たちは筋肉を動かすことができるのです。

さてさて、魚には赤身のものと
白身のものがありますよね。
これこそミオグロビンが関係しています。

ヒラメなどの白身魚はあまり運動しない魚です。
だから、筋肉中にミオグロビンをあまり必要としません。
というわけで、赤い色素が少ないので「白身」になります。

一方、マグロやカツオは回遊魚といわれる魚たちは
昼夜を問わずひたすら泳ぎ続けます。
そんな魚たちは当然ながら
ミオグロビンがいっぱい必要になります。
というわけで、マグロやカツオは「赤身」になるんですね。

サラブレッドのような競走馬もミオグロビンが多いとか。
ニワトリも、飛ぶことがないので普通の鳥に比べると
ミオグロビン量が少ない。だから、ニワトリの肉の色は
薄いピンク色になります。

研究員Aの運動量はヒラメ並み。
きっとミオグロビン量も少ないから
うすーい色の筋肉だったりして。
運動しなきゃ〜!

ワークアウトなど運動なさる方はご存じでしょうが
筋肉には「遅筋」と「速筋」があります。
遅筋は持久力を使う運動に必要な筋肉。
速筋は瞬発力を使う運動に必要な筋肉。
当然ながら遅筋の方がミオグロビン量を必要とします。
というわけで、持久力を使う運動を積んで
トレーニングした人の方が「赤身の肉」になります。

さて、エラ呼吸をしていないほ乳類なのに、
長い間水の中に潜っていられるクジラって
よく考えてみたら不思議ですよね。
実は、クジラの持っているミオグロビン量は
ダントツに多いのです。
筋肉でたくさん酸素を蓄えているから、
水の中でもへーき! なんです。


肉の色の変化には、わけがある。


さて、こんな感じで大活躍のミオグロビンですが
どんな形をしているのでしょうか?
ポルフィリンと呼ばれる
「わっか状」の化合物の真ん中に
金属である鉄がすぽっと入り込んだ形になっています。

先ほど、
「筋肉の色は血の色と同じなんじゃないの?」
って答えがイイ線行っている、と書きました。
そうなんです、実は血の色の元となるのは
ヘモグロビンという色素ですが、
これがミオグロビンとそっくりな構造をしています。
兄弟みたいなものです。

でも、彼らはすんでいる場所が違います。
ヘモグロビンは血液の中に、
ミオグロビンは筋肉の中に。

ヘモグロビンは血液の中で
酸素を運ぶ役目を果たしています。
酸素の受け渡しを役目とするという点も
ミオグロビンと一緒ですね。
貧血にならないために鉄分が必要で、
そして貧血予防に赤身の魚が良い、っていう理由も
ご納得頂けるかと思います。

さてさて、ミオグロビンもヘモグロビンも
手をつなぐ相手によって3種類のバージョンがあります。
そして、それぞれ色が違うのです。

  酸素と結合→赤い
   
  何も結合していない→赤黒い
 
水と結合、鉄が酸化(Fe 3+ )→褐色


バージョンAが普段見かける「肉の色」です。
スライスした肉を買ってきて、開けてみたら
「え〜買ってきたばかりなのに色が悪くなってる!」
ってこと、ありませんか?
あれは腐っているわけではないのです。

肉が重なっていて
空気に触れていなかったミオグロビンが
バージョンBになってしまったから、なんです。
だから、色がくすんでしまったんですね。
バージョンBのミオグロビンは酸素と手をつなげば
バージョンAに元通り、です。
だから、空気に触れさせると
元の綺麗な肉の色に戻るはずです。

でも、バージョンCになってしまった場合、
これは元には戻りません。
ミオグロビンの鉄が酸化してしまい
別物になってしまっているからです。
このときも、色が褐色に変化します。

我が家で買ってしまったカツオのたたきは
バージョンCの状態だったんですね。

バージョンBとバージョンCの見分け方、ですが
まあニオイを嗅げばすむことですが
「空気中に置いておいておけば赤くなる」
ものがバージョンB(腐っていない)、
ってところでも判断がつくかもしれません。


どうぶつによって
血液の色が違うことがあるのは‥‥?


さてさて、筋肉中にあるミオグロビンと
血液中にあるヘモグロビン、
彼らは兄弟みたいなもの、と言いましたが
実は他にもファミリーがいます。

どんな姿をしたファミリーかと言いますと、
ミオグロビンなどは金属部分が「鉄」ですが
ここが別の金属になっているのです。
そして、彼らはみなミオグロビンと同じように
働き者の物質です。

例えば、真ん中の金属が鉄ではなく銅の場合。
これはヘモシアニンという名前です。
エビやイカの血液に含まれるのは
ヘモグロビンではなく、こちらのヘモシアニンです。
中の金属が違うので、色も変わります。
(色が変わる理由はこの回を参照ください)
こちらは青になります。
ただ、エビやイカの血液の青い色は薄いので
わかりにくいそうですが。

あと、中心の金属がバナジウムになると
「ホヤ」の血液になります。
ホヤってご存じですか?
研究員Aが仙台に住んでいたときは
スーパーでもごろごろ売っていたのですが
関東ではまるっきり見かけませんね〜。
お酒に良く合うオトナの味の貝です。
このホヤの血液の色は緑色になります。

そして、中心の金属がマグネシウムになると
クロロフィルという分子になります。
聞いたことありますよね?
これらは植物の葉っぱに含まれています。
この色素は緑色です。
だから、葉の色は緑色になるんですね。
そして、このクロロフィルも呼吸に必須な物質で
酸素の受け渡しをしています。

他にも、真ん中がコバルトになると
ビタミンB12になります。
すごいでしょう? ポルフィリンって。

真ん中の金属が違うけれども、
キホンとなるポルフィリンの骨格を持ったものが
いろいろな生物に使われている、
というのが面白いところですよね。
ポルフィリンってへんてこな形をしているのですが
こちらのサイトにいろいろな形で表した
 三次元構造が載っています。)
こんな分子の形を作り出すイキモノってやっぱりすごい!
ってちょっと感動しませんか?

さてさて、例の腐ったカツオのたたきですが
所長がデパートにクレームを付けたら
お詫びに来てくれました。
クッキーの詰め合わせを携えて。
うん、乾きもののクッキーだったら
「腐る」とは無縁ですものね。
そして、腐ったものを食べてしまった研究員Bは
まるっきり無事でした。
これは日頃、研究員Aの課している訓練のたまもの?





参考サイト
食品肉質研究会
日本獣医畜産大学畜産食品工学科肉学教室「肉の常識」

生物学基礎

参考文献
調理とサイエンス 品川弘子他著 学文社
料理のわざを科学する P.Barham著 丸善
理化学辞典 岩波書店

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2004-03-05-FRI


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